ご縁を大切にして生きていこう – ぐるぐるお遍路・鈴木さんと出会った裸足お遍路21日目

 

おはようございます、イカ太郎です。

 

さっきまでこんな状態で45分間海水アーシングをしていました。

朝っぱらからやらなければいけなかったのは、ふくらはぎに異常が出てしまったからなのです。

アーシングをして体内の炎症を除去しなければ!

 

ふくらはぎ負傷

昨日はゲストハウス土佐に荷物を預けることができたので、「せっかく軽いのだから走ってみよう!」と思い、お遍路ランをやってみたのです。

33番雪蹊寺から35番清瀧寺まで合計17km。

13kmくらいまでは快調だったのですが、途中ゲストハウス土佐のおかみさんが経営しているお花屋さんがあるので、そこでひと休みしたんです。

1時間近くのんびりさせてもらって、リンゴもごちそうになっていざ出発!と思って走り出したら、膝の痛みが…。

裸足ウォークは散々やってきたものの、長らく裸足ランはやっていなかったので、だいぶ弱っていたみたい。

走り方もヘタクソになっていたのかもしれません。

結局35番清瀧寺からは歩いて移動。

ところが次の青龍寺までは14kmもあります。

夕方までの到着が怪しい感じになってきました。

 

そんなタイミングでゲストハウス土佐おかみさんから電話が。

「いまどこにおるん?」

「青龍寺に向かう途中の国道にいます」

「今その場所だと今日中に到着は難しいで。クルマで送っちゃる!」

いいタイミングでお助けが入り、クルマでビューんと36番青龍寺にたどり着くことができました。

助かった。

今まで足の裏以外の故障は一度もありませんでしたが、お遍路さんには足裏のマメや足腰の故障と戦いながら歩いている人たちが結構います。

痛みに耐えながら歩き続けてる。

彼らの気持ちが少しわかったイカ太郎なのでした。

これはキツい。。

 

ヴィラサントリーニ

青龍寺からしばらく登ったところに地中海のサントリーニ島を模した美しい場所があると知人から聞いていたので、そこにも連れて行ってもらいました。

想像以上に美しい眺望!

テラスから広がる景色を見ながらお茶をしているカップルがいたんですが、いい笑顔してた。

当たり前。いい時間に決まってる。

だって、こんなにきれいなんですよ?

いやぁ、いい気分!

今回は宿泊しませんでしたが、また別の機会に宿泊したいと思います。

国民宿舎の建物もとてもきれいで安らぐし、併設されているレストランも眺望バツグンです。

しかもドミトリーなら一泊素泊まり2700円!

お得すぎる!

高知に来たならぜひ行ってみて欲しい場所ですね。

国民宿舎土佐・ヴィラサントリーニ

 

おかみさんと海水アーシング

前回ゲストハウス土佐に泊まったとき、おかみさんは登山で足首をひどく捻挫して帰ってきました。

足首はボッコリと膨れ、内出血でアザができてた。

そんなタイミングで僕はその夜、グラウンディング、アーシングの話をしました。

グラウンディングは炎症が取る作用があるから、治癒が早まるかもよと。

翌日仕事を終えたおかみさんは、半信半疑だったものの、ものは試しだと思ったので海に行き、裸足になり、10分ほどアーシングをして帰ったそうです。

 

若い頃からずっと登山をしているおかみさん、似たような捻挫は何回も経験済みなのですが、翌朝起きてみてビックリ!

腫れが驚くほど引いていて、無理だと思っていた犬の散歩にも行けてしまった。

これがアーシングの効果なの?

さらにその日の夕方にも海へ行き、10分間のアーシング。

たったの2日で予想以上に足首の調子が良くなってしまったおかみさんは、いてもたってもいられず、横浜に一時帰宅していた僕のところで電話をくれたのです。

「もしもし、どうしたんですか?」と僕。

「あのあとね、半信半疑で海にいって海水に足をつけてみたんよ。そしたら翌朝ビックリやわ!あんなにぽっこりしていた足首の腫れがきれいに引いちょるんよ!これすごいわ。他の人にも裸足になりぃ!って言うとく!娘さんが元気になったら早よ戻っておいで!」

 

うれしかったですね。

僕がこの裸足の活動を始めてから一番うれしい出来事でした。

やってきてよかった!

 

それからすっかり海水アーシングにハマってしまったおかみさんのお誘いで、昨日の夕方はおかみさんとっておきの浜に一緒にアーシングに行ったのです。

五色の浜というビーチ。

いろんな時代の地層が入り乱れる横浪メランジュという珍しい地形の場所だそう。

いろんなサイズの丸石が転がっていて、波が押し寄せるたびに石が転がる音が面白かった。

カラコロカラコロ♪

そんな音と海水アーシングの心地よさを堪能しながら夕暮れの時間を過ごしたのでした。

夕日もきれいでしたが、月の光が雲を赤く染めていたのも神秘的でよかった。

夕暮れのアーシングは一日の疲れを癒してくれる最高の時間ですね。

 

噂のぐるぐるお遍路・鈴木さん

今回再びゲストハウス土佐に訪れたのにはわけがありました。

18日目のブログで詳しく書きましたが、もう何回も歩きお遍路を繰り返しているお遍路さん、通称「ぐるぐるお遍路さん」と会えることになったのです。

貴重すぎる!

 

そしてついに彼が姿を現した。

ドーン!

目の輝きがハンパない!

若き仙人ってこういう感じなんだ!

 

鈴木さんとおかみさんの出会い

もともと彼がこのゲストハウスに出入りするようになったのは、おかみさんが経営している花屋さんの前で餓死寸前の彼が倒れていたこと。

食事は基本的に摂らない。

お接待(地元の人からの施し)がない限りは不食。

運命に自分の命を委ねる。

そんなスタイルでお遍路をしていた3年前の彼はそうして花屋のおかみさんに助けられたのです。

おとぎ話かよ!(笑)

そんな彼との出会いがきっかけとなり、当時は花屋さん専業だったおかみさんは自宅でゲストハウスを運営することとなっていきます。

 

鈴木さんのぐるぐる歴

鈴木さんがお遍路を始めたのは3年前

それから合計12回、お遍路を周回しています。

春も夏も秋も冬も。

 

12回のうち2回は逆打ち。

通常は時計回りでお遍路は回るのですが、逆時計回りで回ることを逆打ちといいます。

僕がお遍路を始めてから今まで、何人かの逆打ちのお遍路さんに会ってきましたが、当然その人たちは皆何回も回ったことのある人たちなので、僕はぐるぐるさん達は逆打ちするものなのだと思い込んでいました。

ところが鈴木さんはほとんどが順打ち。

たまにしか逆打ちをしない理由が気になったので聞いてみました。

 

プロお遍路という生き方

ピンチとご縁

お遍路を続けていくといろんな人たちと会います。

お遍路さんだけではなく、地元の方と会うことも多い。

まして鈴木さんのようなスタイルで回っていたら、何度となく危機的な状況になるのです。

以前お会いした歩きお遍路・福岡のおっちゃん(18日目のブログに出てきます)はこう言っていました。

「ピンチになると不思議と助け舟がくるんや」

 

たしかに僕にもあった。

疲労困憊で21番太龍寺の山から下山し、日没直前でたどり着いた道の駅、一日一食の食べ物を買って食べよう思って楽しみにしてた。

が…

売店が空いてない…

しかも周りには店どころか民家さえない…

仕方ない。今日は一日断食か…

と思っていたら軽トラが道の駅に入ってきて、僕の前に停まり、中から大きな温かいおにぎりを持ったおじちゃんが出てきた。

(この時のエピソードは 新しいルール – 裸足お遍路7日目 で詳しく書いてます)

 

そう、ピンチには天使が現れる。

 

おそらく鈴木さんはそんなピンチを何度も何度も経験してきたことでしょう。

その度に地元の人との繋がり、「ご縁」ができていった。

今では四国中に知り合いがいて、移動するたびに我が家のようにお宅に泊めていただいているそうです。

場所によっては1ヶ月近く滞在することもあるそう。

今でも野宿はするみたいで、荷物にはキャンピングマットが取り付けてあったし、コッヘルやバーナーなどの道具も入ってましたけどね。

 

そんな話を聞くと気になってくるでしょ?

そういった道具はどうやって手に入れているのだ?と。

パターンは3つ。

もらう・拾う・買う

 

もらう

まずは「もらう」について。

出会ったお遍路さんが不要になったものをもらうこともあれば、物々交換をすることもあるそうです。

自炊用のコッヘルなどは泊めてもらっていたゲストハウスにお遍路さんが置いていったものらしい。

 

物々交換については面白いこと言ってました。

寒い時期は貼るホッカイロ、暑い時期は蚊取り線香を持っていれば、通貨のように物々交換できることがある。

おぉ、なんかホッカイロと蚊取り線香が輝いているように感じる!

いつも使っているかわいいマイ箸は、バキバキに割れて小さくなった蚊取り線香と交換したらしいし、

貼るホッカイロ10個バーナーで沸かしたお湯で淹れてくれたコーヒーを交換したこともあるらしい。

ただ若干、鈴木さんの方が割りに合わない取引をしているように思えるのは僕だけでしょうかw

価値観は人それぞれ。

 

拾う

歩いているとお寺の境内などに自分の欲しいものが置いてあることがあるそうです。

きっと他のお遍路さんがいらなくなったものを置いていっただけなんでしょうけど、捨てていったのか忘れ物なのかははっきりしない。

そんな時の鈴木さんの判断方法が面白い。

見つけてからもう一周四国を回ってみる。

それでも同じ場所にあるか確認する。

もし残っていても、その時点ではまだもらわない。

さらにもう一周、合計2周してもまだあったら「お預かりする」

だそうです。

いやいや、もう3ヶ月以上放置してあったら忘れ物じゃないでしょ(笑)

 

買う

最後は買う。

お金も持ってるんですね。

以前すれ違いでお話しさせていただいた坂巻さんというぐるぐるお遍路のおじさんは、本当に無一文でやっていたから、鈴木さんも同じなんだとばかり思ってた。

無一文じゃないのは、ちょっと驚きでした。

どういう形でお金ももらうのか詳しくはは聞かなかったけど、四国各地で出会った人たちにお世話になりながら、いろんな形で恩返ししていったそう。

四国中のお遍路さんの休憩所にお遍路さんに役立つような情報のチラシを配備して回ったり、店番や犬の散歩を引き受けたり。

きっとそういうお手伝いがいつのまにか仕事みたいになって、ちょっとした報酬をもらえるようになっていったのではないかと思いました。

18日目にお会いした藤井さん(元お遍路さん。その後日本中を放浪し、今は高知市内に住んでいる)もそんな流れで「仕事なのか遊びなのかわからない状態が続いている」と言っていましたしね。

 

逆打ちにこだわりがないわけ

やっと元の疑問に戻ってこれました。

これまで鈴木さんが逆打ちを2回しかしたことがない理由

今ではご縁のあった方との連携がとても密になっているため、お願い事をされることがとても多いので、そのタスクをこなすのに都合がいい方向に回っているだけなのだそう。

たまたま逆打ちが都合に合うことが今までは少なかっただけ。

とはいえ一度だけ明確に意志を持って逆打ちをしたことがあるそうです。

なんと夢に弘法大師・空海が出てきて「逆打ちしなさい」と言ったのだとか。

その時だけは逆打ちを実施。

空海さん、人の夢に出てくるんかい!

俺、空海さんの顔知らないから、きっとただの昔のお坊さんだと思って終わりそうww

 

幸せの形

鈴木さんに会う前はいろんな想像をしていました。

小児喘息の苦しみが原因でお遍路に来たと言っていたから、今でもなんらかの苦しみと葛藤しながらお遍路を続けている人、そんなイメージがあった。

ゲストハウス土佐を出発した後は、生きるか死ぬかのギリギリのところで今でも生きてるのかなとも思ってた。

でも会ってみて、話を聞いてみたら本当に穏やかで幸せそうなんです。

そして何より、

豊か。

物質的にも精神的にも。

 

安定した収入はないけれど、自分を必要としてくれている人が四国中にいて、近くに行ったらいつでも泊めてもらえる。

食事だっていただける。

大好きなお遍路を続けながら、出会ったお遍路さんに自分の持っている知識を惜しみなく提供する。

(昨日も一緒に宿泊していた方の地図に有益な情報を書き込んであげていました。1時間近く黙々と!)

そして感謝される。

必要なものを手に入れるにも全く苦労がない。

四国中のお遍路みちを知り尽くしているから、何がどこにあるかも手に取るように分かる。

何よりもともと必要なものが極端に少ない。

消耗品としては、蚊取り線香とホッカイロとガスパーナーのボンベくらいなんじゃないでしょうか。

 

話を聞いていて、ふと思ったことがありました。

今はこんなにご縁に恵まれ、満たされている鈴木さんも、お遍路を始めた最初からこうだったわけじゃないだろうと。

それで聞いてみました。

「何周回った頃から今みたいな状態になったんですか?」

鈴木さんは言いました。

「7周くらいからかなぁ」

今が12周だから、半分は模索の時代だったのです。

1年半くらいは。

 

今はとても幸せそうな鈴木さんだけど、お遍路を始めた頃の鈴木さんはどんなお遍路さんだったんだろう?って思いました。

最初の1年半の間にどんな出会いがあり、どのように変わっていったのだろう?

安定するまでの6周のことをもっと聞いてみたかった。

でもそれも無粋な感じがしたので、知らないままでもいいかと考えを変えました。

会ったばかりなのに根ほり穴掘り聞くのはクールじゃない。

また今度会った時にまた新しい話を聞き、そのまた次に会った時にまた新しい話を聞く。

そうして少しずつ相手のことを知っていく。

相手の新しい一面が見えることで、そしてまた時間が経過することで相手の姿がどんどん立体的になっていく。

そんな人との付き合い方がすっかりおじさんになった僕は好きになりました。

 

相手のことをもっと知りたくてもガッつかない。

縁があればまた次もあるはず。

また会えたら色んな話を聞きたいな。

 

ステキな宿泊者たち

たまたま昨日はゲストハウス土佐に歩き遍路さんばかり4人も集まりました。

夕食後、みんなでおかみさんの淹れた抹茶と和菓子をいただいたり、お酒を飲んだり、タバコをみんなで吸いに行ったりしました。

むかしからの友達みたいに。

大変だと言われる歩きお遍路をやっている者同士、あっという間に打ち解けます。

今まで宿で会ってきた歩き遍路さんもそうだった。

不思議なほど相手との間にバリアが発生しない。

 

見知らぬもの同士が出会って、その間に全然バリアがない状態って本当に気持ちいい。

人と人との間にバリアなんていらないよ!ってずっと思っているけど、現実はそうじゃない。

人間不信な人もたくさんいる。

でもそれは現実だし、みんながみんなそんな現実を良しとしているわけではないことは分かってる。

だから現実は現実として受け入れ、たまたま起こった幸運なひとときに感謝すればいい。

闇があるから光は輝く。

昨日の夜、外は闇だったけど、ゲストハウス土佐の中は暖かくて光ってた。

 

こうしてステキな出会いのあった夜は更けていったのでした。

(写真に写っているのは一緒に宿泊した歩きお遍路さんの長田さん(左奥)とチカちゃん(手前右)。2人との話も最高でした。長田さんからはブログのことを教わり、チカちゃんからはこれまでの複雑な生い立ちとこれからのことを聞きました。2人とも志が高い!またいつか会っていっぱい話がしたいです!)

ゲストハウス土佐

 

おまけ

春や夏や秋に野宿するのはなんとかなるかなと思っている僕。

ただ冬はできる気がしない。

冬用の装備も持ってないしね。

でも鈴木さんは冬も当然野宿しながらお遍路していたわけですよ。

それで聞いてみたんです。

冬の野宿ってどうなんですか?って。

答えは以下の通り。

 

鈴木さん:「一睡もできませんよ(笑)」

イカ:「でも起きて何してるの?」

鈴木さん:「寝袋の中でガタガタ震えているだけです(笑)」

イカ&宿泊者一同:「!!!」

鈴木さん:「でもね、大丈夫なんです。昼間の間に寝ておいて、夜は基本的に歩くってことができるから」

なるほどね。

僕らみたいに初めてお遍路する人は道がわからないから夜歩くのは難易度高いけど、行程を知り尽くしている人なら悠々と夜も歩けるのかもしれない。

ていうか、もしかして、お遍路って道が分かってから、2周目以降ののほうがおもしろいんじゃないか!??

ルートにこだわらずに自分の気持ちが赴くまま、興味の赴くままに横道に逸れたり冒険したりできるような気がする。

 

最後は冬野宿を経験した鈴木さんならではトリビアで締めたいと思います。

 

マイナス5度を超えるとヒゲが凍結するそうですw

 

暖かいイメージのある四国だけど、徳島県だけは特別寒いらしい。

粉雪が降ることがけっこうあって、それが目に入るとものすごく痛いのだとか。

 

これでみんな冬場の野宿お遍路の準備は完璧ですね!

冬お遍路やっちゃうか!

 

おしまい!

 

 

次の日記

何もない1日などない – 渾身の日記を書き上げた裸足お遍路22日目

 

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