お遍路の可能性 – 濃厚な出会いが続いた裸足お遍路18・19日目

 

おはようございます、イカ太郎です。

 

今こんなところにいます。

 

檻の中です。

 

一緒にいる仲間はコイツ。

 

さっきまで吠えまくってたんですよ、コイツ。

撫でようとしたら噛まれそうになり、その後も怒り狂ったように吠えまくっていたので、

これはいっちょコイツと仲良くなってみようか!

と思いました。

イカは犬と仲良くなれるのか!?

 

犬との対話

そばに行って、噛まれるか噛まれないかギリギリのところで対峙していました。

ずっと彼の目を見つめる僕。

吠えまくる犬。

大きな声を出されたら怖くて鳥肌が立つ。

コワイ。

 

でも、ずっと見つめ合っていたら、彼も少しずつ吠えることに疲れてくるんですよ。

吠えれば吠えるほど、中に溜まった思いを吐き出せる。

すると恐怖でピンと立っていた尻尾が少しずつ降りてくる。

彼も怖かったのだと思いました。

僕も怖かった。

そうなれば僕らは何かに怯えた仲間同士、少しずつ分かりあえてきました。

でも、しばらく経つとまた興奮してしまう。

吠えまくる。

その繰り返し。

そばに知らない人がいることが怖い。

きっと彼はそんな思いなのだと思いました。

 

そうして対峙すること30分。

彼はおすわりの姿勢になりました。

 

興奮が収まってきたのかなと思いました。

ときおりふぅ〜っと安堵のため息を出すようになってきた。

唸っていた声もあまり出さなくなってきました。

そして45分。ようやく落ち着いたわけです。

 

今彼はこのとおり。

 

安心して寝ています。

「人がそばにいるとコワイ」が「人がそばにいて安心」に変わったのかな。

そんな風に思いました。

 

朝、飼い主に散歩に連れて行ってもらって、飼い主が仕事に出て夜に帰ってくるまでの半日、毎日毎日彼はここでひとりでいるわけです。

動かずに。

そりゃ人と接する時間は少ないし、動けるエリアは限られてるし、たまに人が近づいたら慣れてないからどうしたらいいか分からなくて怖くなって吠えるのは当たり前ですよね。

 

1時間一緒にいて彼の気持ちが少しだけわかったような気がしました。

人間だろうが動物だろうが、快適だとか不快だとか感じる思いは同じ

ちゃんと「相手がどう思っているのだろう?」と思ってそばにいてみれば分かり合える、そんな気がしました。

 

人と人とが仲良くなるには時間が必要なことがある。

犬だって同じなのだと思いました。

時間が解決してくれる。

心を開いていれば。

 

今日はしばらくこの場所で彼としばらく一緒にいてみようと思っています。

今までこのガレージ内で知らない人と長時間一緒にいたことはないはず。

僕も犬とガレージの中で長いこと一緒にいたことはありません。

僕とこの子の新しい体験です。

 

ガレージの中にベンチと椅子があったので、お借りして作業スペースを作りました。

これで思い切りブログを書くことができる!

 

ゲストハウス土佐との出会い

このガレージはどこなんだ!?

とそろそろお思いだとおもうのでお伝えしますね。

今日僕のいる場所はここです。

 

ゲストハウス土佐

昨晩はここに泊まりました。

台風18号の時に避難したロッジおざき以来の宿への宿泊です。

高知駅から徒歩7分、観光スポットはりまや橋から歩いて6分の場所にあるステキなゲストハウスです。

 

なんでそんなところにいるのかと言いますと、昨日こんなことがあったんです。

僕は31番札所・竹林寺でお詣りをしていました。

 

お線香に火をつけようとしていたら、声をかけられました。

「鈴木さん?」

もちろん僕は鈴木ではありません。

イカ太郎です。

 

あえて鈴木さんになることはせず、素直に答えました。

「いえ、違います」

すると声をかけたおじさんは関西弁で言いました。

「そうかー、違ったか〜。言われていた人と見た目がソックリだったから鈴木さんかと思ったわ〜。ちょんまげで裸足って言うとったから。」

 

僕と見た目がそっくり!?

 

ちょんまげで裸足のお遍路さん?

 

なんだと!?

 

話を聞いてみるとこういうことなのです。

 

餓死寸前のぐるぐるお遍路・鈴木さん

昨日おじさんはゲストハウス土佐に泊まっていて、宿のおかみさんと宿泊者の女性との会話を聞いていたのだそうです。

すると鈴木さんというお遍路さんについての話になった。

彼女たちは彼の行く末を心配して話をしているのです。

 

どんな人かというと、

彼は30歳くらいでかれこれ20数回お遍路をし続けている通称・グルグルお遍路さん。

(お遍路をずっと続けている人たちは「グルグル遍路」と地元では呼ばれています)

無一文。

他人からの施しだけで生存。

 

数年前、宿主のおばちゃんが自分の経営しているお花屋さんの前で飢え死に寸前の状態の彼を拾って家に連れて帰った。

それがおばちゃんと鈴木さんの出逢い。

チョンマゲでサンダル、ヒゲはボーボー。

(裸足ではなかったw)

たしかに。昨日までの僕と似ている。

 

彼がお遍路をはじめたきっかけは、アレルギーによる小児ぜんそくにずっと苦しんでいたこと。

どうして小児ぜんそくの苦しみがお遍路と繋がったのかはよく分かりませんでしたが、とにかくそういう理由ではじめたお遍路から抜け出せなくなってしまったのだそうです。

 

でも彼はまだ30歳。

残りの人生をグルグルお遍路で終わっていいのか?

そう思っておばちゃんもお客のおねぇさんも心配しているのです。

とても愛されるキャラクターなのだろうと思いました。

 

彼は一周回るごとにこの宿に帰ってるのだそうです。

まるで家のように。

そしてガリガリに痩せた体を食事で1.5倍くらいに大きくしてまた旅立っていく。

そんな暮らしを続けているそう。

 

でも「もう今回で終わりにしな。これからの人生を考えなさい」

まるで母親のようにおばちゃんは前回旅立っていく時にそう伝えたのだそうです。

彼も納得したように見えたといいます。

 

僕は鈴木さんに会ってみたいと思いました。

そしてその思いをおばちゃんに伝えました。

「きっとあなたたちは合うと思う。そろそろ鈴木さんは戻ってくる頃。戻ってきたら連絡しますね」

 

鈴木さんと僕が会う可能性が出てきました。

 

実は僕は今晩、高知発東京行きの高速バスに乗って一旦家に帰る予定です。

詳しくは以前のブログで書いたので割愛しますが、簡単に理由を説明しておきます。

僕がお遍路に旅立った後、僕の2歳の娘はずっと元気がなく、熱ばかり出しているという連絡を奥さんからもらいました。

生まれてから2年半ほとんど病気したことがなく元気だったのに…。

夜中に「パパ!」と叫んで目を覚ましては泣き、僕の顔の絵ばかり描いていると言うのです。

 

そんな状態なので、パパは長く家を空けても必ず戻ってくるのだということを少しずつ娘に伝えなければいけないなと思った僕は、すぐに高速バスを予約し、一旦帰ることに決めました。

帰って安心させ、パパのいる喜びを十分に味わってもらい、そしてまた四国に戻ってこようと思っています。

 

きっとそのタイミングには鈴木さんはこの場所にいる。

もうお遍路には旅立たず、新しい人生を歩んでいく気持ちを持って。

 

彼と僕がどんな時間を過ごすのか、どんな出会いになるのかそれは今はまったく分かりませんが、もう少ししたら実現しそうです。

 

姫路から来た明るいお遍路・福岡のおっちゃん

 

お寺で声をかけてくれたおじちゃんとは、昨日1日一緒にお寺を回りました。

おじちゃんは昨日泊まったゲストハウス土佐に荷物を置いて、今日の晩もまた泊まるというのです。

 

「その宿に僕も泊まったほうがいい」

直観がそう言っていました。

「今日一日ご一緒してもいいですか?僕もその宿に泊まりたいです」

「ええよ!」

おじちゃんは快諾し、宿のおばちゃんに連絡してくれました。

 

その後、32番禅師峰寺、33番雪蹊寺と一緒に回りました。

 

 

お遍路ってひとりで回ったほうが自分のペースを乱さずに進めるから快適。

人と回ると休憩ペースが違うし、立ち止まりたいところがあっても立ち止まりづらいからペースが狂う。

でもなぜか「この人と回ってみたい!」と思ったのです。

 

僕の直観は当たっていました。

一緒に回っても苦にならない。

他のお遍路さんより少し遅く、多くのものに感動しながら進む感覚、一緒に話す内容の面白さ。

僕は大荷物を背負っていて、おっちゃんは手ぶらだったから、多少歩くスピードにズレはあったものの、あまり気になりませんでした。

なんてったって僕は若いのだもの。

 

おっちゃんとは今朝までたくさん話しました。

今までどう生きてきたか、これからどう生きていくか、そんなことを。

おっちゃんがどんな人生を歩んできたかを話すとキリがないので割愛しますが、このお遍路が終わったらおっちゃんはあることに着手し、おっちゃんの地元・姫路で再開する約束をして別れました。

 

宿のおばちゃんの車で去っていくときの清々しいこと!

お遍路さんの旅立ちを見送るというのはなんて気持ちいいことなんだろう!

宿に長く滞在していると本当にそう思います。

お遍路さんを泊めている宿の人はたいへんなことも多いだろうけど、考え方次第では素晴らしいエネルギーを毎朝もらえるような幸せな仕事なんだなと思います。

 

福岡のおっちゃん!またね!

おっちゃんが姫路に帰ってから作るアレを見るの、楽しみにしてるよ!

 

後記:福岡のおっちゃんとは12月に再会しました

軽トラキャンパーは貧乏人の希望であり、より楽に生きるための手段である

 

濃厚な出会いの次の朝

昨日はおっちゃんとおばちゃんと語り明かしていたのでブログを書けなかったので、さらに前日、18日目のこともお話ししたいと思います。

18日目の夜はツイッターで以前からつながりのあった小谷さん @okarin49 のお招きに預かりました。

久しぶりの住居での宿泊です。

 

小谷さんは高知市内で銀座まるかんのお店をやっている方で、日々いろんなお客さんと接しています。

そんなお客さんのひとりで、今では月に2回くらい会って話す仲になったというとびきり面白い人に会わせてくれるというので、その方の家に遊びにいきました。

 

「何をしている人ですか?」

と聞くと、

「うーん、自由業かな」

自由業。よく分からん。

 

藤井さんというお名前のその人は、会ってみると森本レオそっくり!

顔も似てるが、なんといっても雰囲気が似ている。

安心できる声質。ずーっとニュートラルで心地よい雰囲気。

好奇心に溢れ、いろんな引き出しを持っている。

これはいろんな面白い話が聞けそうだ。

とてもワクワクしました。

 

僕と興味のあることの接点も多くて、でも僕とは違う視点でいろんなテーマを追求しているから学びも多かった。

いい本もたくさん紹介してもらいましたが、

僕が即ポチした本と、頂いた1冊の本があるので両方とも紹介しますね。

 

弓と禅

まずは即ポチした本。

スティーブ・ジョブズの愛読書と言われている一冊。

 

森本さんの話では、ある西洋人が日本の弓道の達人に教えを請うたそうです。

しかしその達人は何も教えない。

しかたがないので見て学ぶしかなかったその西洋人。数年間その達人と時を共にし、弓道を学んでいったそうです。

 

弓道や禅というつかみどころのない身体感覚・精神感覚をロジカルな西洋人の目から解説した書物。

それがこの「弓と禅」という名著なのだとか。

 

森本さんの説明と僕の説明では雲泥の差が出てしまうのが申し訳ない。

とにかく僕はこの本は読むべき本だと直観的に思ったので、その場ですぐにkindle版を購入しました。

 

パパラギ

 

この本も明らかにすごそうだった。

南海の酋長から見たヨーロッパ人の生き方。

酋長が何を感じたのかが克明に書かれているそう。

ある状況の中にいると、自分の置かれている状況の違和感には気づきづらい。

でも外の人から見たら一目瞭然に違和感に気がつくことがある。

文明社会どっぷりな人間とそれとは真逆の暮らしをする人間の価値観の違いとはなんなのか

そんなことが書いてある本なのかもしれないなぁと藤井さんの話を聞いていて思いました。

 

僕が読みたそうにパラパラしていると、藤井さんが言いました。

「それ、あげるよ。ブックオフで100円でまた買えると思うから、読みたくなったらまた買うから。旅のお供に持っていって」

 

本の紙の焼け具合も素晴らしかった。

紙の本をめくる時、僕は五感を使って読む。

手触り、香り、電子書籍にはない魅力が紙の本にはある。

古本はその上、多くの人がその本を手にして読んできた歴史がある。

どんな人がどんな思いでこの本を読んできたのだろう。

僕と彼らが無意識の世界で繋がっている。

そして著者である酋長とも、対峙した当時のヨーロッパ人とも、出版した人とも、本屋の人たちとも繋がっている。

僕らは目には見えない何かで繋がっている。

それを感じることができるのも古本の魅力なのだろう。

 

次の日の朝

藤井さんと小谷さんとたくさん語った夜は更け、最初に小谷さんが眠気の限界に達し、会はお開きになった。

僕も疲れで眠さの限界に近づきつつ会ったので寝た。

起きたら清々し朝が待っていた。

 

起きてきた小谷さんを見送り、藤井さんとコーヒーを飲む。

藤井さんがどんな人生を送ってきたのか少しだけ聞けました。

 

サラリーマン時代に「新縄文時代」という文章を毎月書いて、知り合い30人くらいにFAXで送っていたこと。

新縄文時代!!

なんて素晴らしい名前なんだ!

読みたかった!

 

その後サラリーマンをやめ、お遍路のために四国に来たこと。

お遍路ののち、3年間日本中を放浪して回ったこと。

毎日毎日、起きたら今日はどんな日にしようと考え、気持ちの赴くままに過ごす日々。

直観にしたがって行きたい町へ行き、気に入った町だったら1ヶ月間だけアパートを契約する。

住んでいるうちに新しい出会いがあり、新しい仲間が日本中に増えていく。

お金はサラリーマン時代に貯めた貯金を切り崩して過ごしていたそう。

 

お金のことは不安にならなかったという。

お金がなくなったら考えればいい。

人との繋がりがあればなんとかなるだろうそんな風に思っていたそうだ。

 

そうして3年後、実際にお金がなくなった時、藤井さんは高知にいた。

通っていた喫茶店のマスターと話しているうちに「ウチに空いてる部屋があるから住めばいいよ」という話になった。

マスターの家で快適に過ごしているウチに、ある農園のお手伝いをするようになったそうだ。

少し遠い場所。

そこで一緒に働いていた外国人の人が「毎日通ってくるの大変だろう」と言って、自分の住んでいる家に引っ越してくればいいと誘われたそうだ。

 

そうして気がつけば藤井さんは知り合った人から呼ばれるがままに仕事を受け、何でも屋のように働いているうちに、お金はいつでも必要なだけ手に入る状態になったそうだ。

「仕事なのか遊びなのか分からない状態がずっと続いている」

藤井さんはそう言った。

世の中いろんな自由人がいると思うが、藤井さんのような自由人の形もあるのだと知った。

心が何にも囚われていない。

僕もこんな心の状態になろう。

きっとなれる。

そう思った。

 

別れと旅立ち

藤井さんの軽トラックで31番竹林寺まで送ってもらった。

別れだ。

もっともっと話したかった。

でも僕はお遍路。一か所にとどまりすぎてはいけない。

次なる出会いが待っているのだ。そう思った。

ギュッと握手をして藤井さんのトラックが去っていくのを見送った。

 

竹林寺の階段をいざ登ろうと思った時、少し時間を空けようと思った。

今の気持ちをもう少し咀嚼してから次へ向かいたい。

近くのベンチに腰をおろし、タバコに火をつけ、瞑想し始めた。

僕のタバコは瞑想のための砂時計であり、深呼吸を促し、呼吸に意識を向ける道具でもある。

ぐるぐる回る思考が落ち着いた。

フラットな状態になったことを確認し、僕は頭に浮かんだことをツイートした。

 

 

 

 

裸足お遍路第一弾の終わり

こんな濃密な2日間を過ごしておりました。

この19日間、いろんなことがありました。

美しい景色への驚き、弱い自分との対面、自然と共に生きる暮らし、人との出会い。

今思うことは何か。

お遍路スゲーーーーーー!!!!

これにつきます。

僕は今回、裸足の素晴らしさを人に伝えたいと思って、ツイッターやブログで発信しながら歩いてきましたが、本当にやってよかったです。

多くの発見や出会いがあったから。

 

娘との時間をしっかり取ったあと、またすぐに戻ってきます。

 

人生の冒険スイッチを入れる旅

自分の人生の可能性に気づく旅

それがお遍路というものなのかもしれません。

 

これで僕の裸足お遍路第1弾はおしまい!

でもまたすぐに第2弾がはじまります!

 

それまでちょっと待ってろよ!四国!!!

 

次の日記:娘との再会 – 一時帰宅した裸足お遍路20日目

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