【体験レポート】ヴィパッサナー瞑想合宿センターは怪しい宗教組織なのか?

ヴィパッサナー瞑想合宿体験記

ヴィパッサナー瞑想合宿から帰ってから2週間が経った。

合宿から戻った翌日から田舎フリーランス養成講座が始まり、初めてのメンター業務に追われている。

ヴィパッサナー瞑想合宿は周りの注目度が高くて、僕の体験談を楽しみに待っていてくれている人も多いのだけど、なかなか時間が取れず2週間も経ってしまった。

かなり忙しい毎日なのだが、朝と寝る前のヴィパッサナー瞑想は欠かさずやっている。本来なら朝晩1時間やるように合宿で言われているのだけれど、30分しかできないことも多い。

そんなヴィパッサナー瞑想だが、生活に取り入れると思っていた以上にメリットは多い。

ヴィパッサナー瞑想によって得られるメリットは以下の3つだ。

どんな状況に直面しても平静な気持ちを維持できる
頭の中のゴミが整理されるので、仕事の生産性が上がる
短い睡眠時間でも脳の疲れが取れるようになる

おかげで寝る時間を削ってでもやる価値があると感じるようになった。

現在いなフリ講師という新しい仕事に挑戦し、次から次へとクリアすべき課題が出現するような状況に案外対応できているのは、毎日朝晩、寝る時間を削ってでもやっている瞑想のおかげだろうと思う。

今回はそんな便利な道具を手に入れるきっかけを作ってくれた10日間のヴィパッサナー瞑想合宿について、体験談を交えてお話したい。

ヴィパッサナー瞑想センターとは

僕が行ってきた瞑想合宿というのはこれだ。

日本ヴィパッサナー協会ダンマーディッチャ

千葉県の房総半島北部にある日本に2つある瞑想センターの1つである。

このセンターは2006年、今から12年前にオープンした。

日本で最初のヴィパッサナー瞑想センターが生まれたのは1981年、今から37年前である。

現在も京都にあるダンマーバーヌという施設。

両センターとも10日間の瞑想合宿を毎月1回のペースで開催している。

参加費は無料。

運営費用はすべて参加者と過去の参加者による寄付で賄われている。

ここ数年、Googleが社内プログラムとしてマインドフルネスという瞑想を取り入れたこともあり、瞑想が脚光を浴びるようになった。

その結果、マインドフルネスの原点となった座禅やヴィパッサナー瞑想も注目されるようになり、参加希望者はどんどん増え、今では参加したい!と思ってもすぐには行けない状態となっている。

キャンセル待ちをするか、3・4ヶ月先の開催予定にエントリーしないと参加できない

(興味があるけど決められないのなら申し込みだけしておくのがオススメ。1ヶ月前と1週間前に参加確認のメールが届くので、その時キャンセルすれば大丈夫。キャンセル待ちの方に譲ることができます)

運営費用だけでなく、人的資源もすべてボランティアによって賄われている。

指導者も運営スタッフも一切の金銭的・物質的報酬を受け取っていない。

寄付が集まればその都度施設を拡張する。

そんなスローなペースで運営されているのがヴィパッサナー瞑想センターという施設なのだ。

ヴィパッサナー瞑想はミャンマーで再発見され、ブッダの瞑想法として世界に広がっている

ヴィパッサナー瞑想コースの運営本部があるのはインド。

ガンジス川

インド北部で生まれたブッダの瞑想法は、ブッダの没後500年でインドから消えてしまったと言われている。

しかし仏教国ミャンマーで育ったインド人、SNゴエンカという人物が、2000年もの間細々とミャンマーで伝承されていたヴィパッサナー瞑想と偶然出会う。

SNゴエンカ

彼は事業に成功した裕福なインド人でヒンズー教徒だった。

そんな彼が20代の時、難病を患う。

強烈な頭痛に襲われ続ける病気。

裕福だった彼は世界中の医療機関を回って治療法を探そうとするが、結局治癒することはなくミャンマーに帰国する。

絶望的な状況にあった彼を助けようと、友人が紹介してくれたのがミャンマーで開かれていたヴィパッサナー瞑想コースだった。

敬虔なヒンズー教徒だったゴエンカは仏教の色を帯びたヴィパッサナー瞑想に抵抗感を感じるが、救いを求めて瞑想センターを訪問する。

そこで出会ったのが、瞑想指導者であり、仏教国ミャンマーで国家の重職を担っていたサヤジ・ウバキンだった。

サヤジ・ウバキン

サヤジ・ウバキンはどんな宗教の人でも参加を認めていた。

人々がより楽に、より幸せに生きる方法としてヴィパッサナー瞑想を教えていたから、参加者がどんな宗教を信じていようと構わないと考えていたという。

ゴエンカはヴィパッサナー瞑想に対する宗教的抵抗感を乗り越え、10日間のコースに参加した。

そして治癒。

ヴィパッサナー瞑想に心酔した彼はその後、指導者であったサヤジ・ウバキンの元で14年間、ブッダの瞑想法とブッダの教えについて学んだ。

ヴィパッサナー瞑想を学び始めて14年経ったある時、ゴエンカはインドに戻った両親が病気であることを知る。

両親の病気はヴィパッサナー瞑想で治ると確信した彼は、インドに行き、両親や親戚・知人のために10日間のコースを開催した。

コースは滞りなく行われ、ゴエンカはミャンマーに戻った。

ミャンマーで通常の生活に戻ったゴエンカを待っていたのは運命という止めようのない流れだった。

帰国した彼の元に「再度コースを開催して欲しい」という依頼がインドから届く。

一度きりのつもりでいたインドでのコース開催。インドからの知らせに驚いたゴエンカだったが、リクエストに応えるため再びインドに向かい、再度コースを開催した。

ところが開催すれば開催するほど「私も受けたい」という人が増え続けてしまう。

リクエストに答え続けた結果、彼はインドに住むことになり、1969年からヴィパッサナー瞑想コースを本格始動することになった。

今から50年前。

ブッダの教えたヴィパッサナー瞑想が2000年ぶりにインドに帰還した瞬間だった。

これが現在世界に広がりつつあるヴィパッサナー瞑想ムーブメントのはじまりだ。

50年間の活動の結果、瞑想センターはインドだけにとどまらず、世界中に増えていった。

ゴエンカ氏は2013年に89歳で亡くなったが、彼の再発見したブッダの瞑想法は残った。

今では183のセンターが世界各地に建設され、今もその数は増え続けている。

瞑想合宿のルール

瞑想合宿には独特のルールがある。

9日間の間、人と目を合わせては行けない。ジェスチャーによるコミュニケーションも不可。言葉によるコミュニケーションももちろんできない。このルールは聖なる沈黙と呼ばれている
衣類や歯磨きなどの生活必需品以外はすべて到着時に預ける。その間外部と連絡を取る方法はない。デジタル世界だけでなく、ほぼ全ての現実世界から完全に10日間離れることとなる。本を読んだり、紙とペンで何かを書くこともできない
食事は一日2回。朝6:30と11:00に玄米菜食の食事が無料で提供される。夕方5時にはティータイムと呼ばれる時間があり、お茶やコーヒーとともにりんご・みかん・キウイといったフルーツを少しだけ食べることができる
男女の生活エリアは完全分離。瞑想ホールでは男女が集まるが、中央を境に二分して座る。聖なる沈黙は9日目に解かれるが、男女感のコミュニケーションは最後までない
起床は4時。4時半には瞑想ホールに集まって瞑想がはじまる。消灯は9時半。周りに何もない自然の中で、照明も薄暗いので、夜はとても暗い。その代わり月は驚くほど明るく、星も多い
瞑想時間は1日10時間。サボろうと思えば5時間で済むが、みんな意外とサボらない

こんなストイックな生活だから、リタイアする人が続出するのではないかと思ったが、女性約30名、男性約20名の参加者のうち、途中でリタイアしたのはたったの2名だった。

男性1名は3日目にリタイアした。女性も1名リタイアしたらしいが、男女のエリアは分離しているのでいつリタイアしたのかは分からなかった。

外国人の参加者も多かった。3割くらいは外国人。リタイアした男性はメキシコ人だったらしい。

期間中誰ともコミュニケーションが取れない状態は想像以上に素晴らしいセッティングだった。

人間関係に一切煩わされることがない。

おかげで最初から瞑想だけに集中できた。

コミュニケーションがあったら、瞑想に集中することは難しかっただろうと思う。

人の言葉がなく、人の気配しかない静けさは瞑想にとってプラスだった。

心静かな状態がずっと続く。

これで心の浄化が進まないわけがない。

10日間の体験の詳細

コースの10日間は3つのパートに分かれる。

最初の3日はアーナパーナ瞑想という雑念を除去する瞑想を行う。
そして4日目にヴィパッサナー瞑想を教わり、それから6日間、徹底的にヴィパッサナー瞑想を行う。
10日目の6時半に聖なる沈黙は解かれ、最後にメッター瞑想という祈りの瞑想を教わる。ブッダの好きだった言葉「すべての生き物が幸せでありますように」という祈りを捧げ、心を浄化する。

そんな流れで行われた10日間の僕の体験をここから書いていきたい。

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