行動力の極意 – 行動力があるように見えるらしいので、その理由と秘訣を考えてみた

 

「行動力がある」と人に言われることが結構ある。

でも自分ではそんな気が全くしない。

自分では行動したいのに、できないことが多くて行動力のなさが歯がゆいくらい。

なので、どうして周りからそう見られるのか不思議に思っていた。

 

でも今朝瞑想をしていたら、どうしてなのかが見えてきた。

なので今日は「僕が行動力があるように見える理由とその秘訣」について書いてみようと思う。

 




 

1. 行動力があるように見られるワケ

行動力があるように見える人物像

僕は自分の行動力は普通だと思っている。

どうして普通だと思うのか。

それは「自分より行動力がすごく見える人」がたくさんいるからだ。

「自分ができそうに思えないことを軽々と、しかも次々とやっているように見える人」がたくさんいる。

今はネットでそんな情報がたくさん入ってくるし、実際に自分の身の回りにもそんな人たちがいるから、なおさらそう思う。

 

僕も同じように見られているらしい

それでも僕が行動力があると思われるのはなぜか?

僕が人に対して「行動力があるなぁ」と感じるのと同じことを、ほかの人が僕を見た時に感じるからなのだと思う。

「自分ではできそうに思えないことを軽々と、しかも次々とやってしまう人」

ほかの人の目には、僕もそう映ることがあるのではないかと思った。

大したことは何もやってないけど、確かにいろんなことをやってきたとは思う。

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2. 行動力を生む秘訣

僕の行動力の特徴

僕の行動には特徴がある。

・やれそうにないことはやらない

・やりたいと思ったら計画も立てずに飛び出す

要はバカなのだ。

「難しそうなこと」には手を出さず、

サッと動けるくらい「簡単にやれそうなこと」

「無計画に」はじめる。

 

これが僕の行動力の秘密だ。

バカ丸出し。

でも人から行動力があると言われるには「人から見たら簡単にはできそうにないこと」をやっているはず。

それは一体なんなのだろう?

 

行動する上での考え方

どうして自分では普通だと思っているのに、人から見たらすごいと思われるのか考えてみたら、行動する上での姿勢に特徴があるのだと思った。

・変化を恐れない姿勢

・苦労は厭わない姿勢

・人の目を気にしない姿勢

こういう姿勢であろうと常に意識しているわけではないんだけど、生きてきた中でこれらの姿勢が備わってきたのだと思う。

 

変化を恐れない姿勢

母親が変化を極端に恐れる人だった。

母親とは生き方の姿勢が全然違ったから、若い時から口論になることが多くて、何度も彼女は僕にこう言った。

「歳を取ったら若い時にみたいに簡単には変われないのよ!」

 

変わりたいけど変われない。

そんな思いが裏にあるからこんな言葉になるのではないかと思った。

 

そんな言葉を母親から何度も聞き、自分が歳を取るにつれて、周りの同年代の人たちは新しいことをやらなくなり、会社に属していた時には会社が打ち出す新しい方針に抵抗ばかりする人たちを目にした。

その結果、僕の中にこんな考えが浮かんだ。

「変化を恐れると、変化への対応能力・柔軟性が弱っていく」

ケアをしていない身体が歳を重ねるごとに硬くなっていくように…。

 

そんなこともあり、僕は変化を求めるタイプの人間になったのだと思う。

 

苦労は厭わない姿勢

これは本や映画の影響が大きいと思う。

大学生になってから、起業家のサクセスストーリーを読むのが好きになった。

映画も大好きで、情熱的な人物を描いたストーリーが好きだった。

そんなストーリーを読むうちに情熱的に生きる人たちには特徴があると思うようになった。

「他人が大変だと思うことを大変だと思わない」

「人がやりたがらないを平気でやる」

要は感覚が普通の人とズレているのだ。

 

そんな人物たちのストーリーを見るうちに、自然とそういったズレた考え方が僕の中に定着した。

「大変なことほどやったほうがいい」

「人がやりたがらないことほどやったほうがいい」

こういった考え方の元で行動するから、「僕にとっては普通に思える行動」も、人によっては「すごいこと」に見えてしまうのかもしれない。

 

下にあげる本は僕のこういった考え方のベースになっているので是非読んでみて欲しい。

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人の目を気にしない姿勢

これに関してはとても大切な姿勢であると理解しながらも、なかなか身に付けることができなかった

身につけるのに非常に苦労した。

 

ずっと人目が気になって仕方がなかった。

感情の起伏の激しい母親の顔色ばかり見て育つ中で、人の顔色を見るクセがついてしまったからだと思う。

 

裸足で走り始めた時も、裸足で日常的に暮らすようになった時も、最初は人目が気になって仕方がなかった。

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しかし、人の目につくことを繰り返しているうちにどんどん人目が気にならなくなってきた。

なぜか?

 

恥ずかしいことをやってみると分かるのだけど、僕が思っているほど人は僕を見ていない

確かに目立つから視線は一瞬向けられるし、人によっては眉をひそめる人もいるんだけど、それ以上のことは何もない。

文句を言われることもないし、注意されることもないし、警官に職務質問されることもない。

 

多くの人は自分のことで精一杯。

他人のことを気にかける余裕のある人はわずかだ。

 

だから逆に言えば、人目につくことをやると、他人のことを気にかける余裕のある人との会話のチャンスが生まれるとも言える。

裸足で暮らすようになって、見知らぬ人との会話が増えたと思う。

「あれ?裸足だけど大丈夫?」

「なんで裸足なの?」

そんな風に声をかけられることが大幅に増えた。

気持ちに余裕のある人との会話する機会が増えた。

フィリピンでは何度も人々に爆笑され、仲良くなるきっかけになった。

逆に気持ちに余裕のない人は自然と離れていくので、生きるのがとても楽になった。

「人にどう思われてもいい」

そう思えるようになればとても楽に生きていける。

 

嫌われる勇気を持つことで自由になれる」と説いたこの本の意味が、裸足で暮らすことではっきりと分かるようになった。

 

3. 無計画に動くことについて

僕の行動力の秘密について、最初の方でこう書いた。

「難しそうなこと」には手を出さず、

サッと動けるくらい「簡単にやれそうなこと」

「無計画に」はじめる。

 

もしかしたら「無計画に」という部分に引っかかった人もいるのではないかと思う。

「計画せずに行動して大丈夫なのか?」と。

 

でも行動力をつけたいなら無計画でいいと僕は思っている。

というのも、

僕の場合、計画し始めると行動力が萎えてしまうのだ。

 

「準備は大切」って言われる。

確かに準備は大切だと思う。

でもそれはケースによると思うのだ。

 

どんなケースかというと、

・やらなければならない状況

・すでに行動を決断済み

・他人が関わっている

そんな時。

 

やらなければならない状況

例えばプレゼン

かつて写真屋のチェーン店本部で働いていた時、いろんなお店の店長を集めて、写真やフィルム、カメラについて講義する機会があった。

初めて開催した時、全然準備をしていなくてボロボロだった。

なめすぎてた。

 

あまりに惨めだったので、次の開催前にはかなり準備した。

惨めだったから、準備するための行動力は自然と出てきた。

おかげで2回目はうまくいった。

参加者にも好評で、来てくれた店長たちと仲良くなるきっかけとなった。

 

やらなければならないなら計画を立て、徹底的に準備した方がいい。

世界を魅了したスティーブ・ジョブズの新製品発表会プレゼンは、途方もない回数のリハーサルの末に行われてたという。

プレゼンの天才がそれほど準備するのだから、僕のような凡人はもっとやらなければならない。

 

スティーブ・ジョブズの伝説のスピーチは僕に何度も火をつけてくれた。

動画では数回しか見てないけど、録音した音声をiPhoneでもう数百回は聞いたと思う。

一時は英語でプレゼンを暗記してた。

心に火をともしたい人、見てみて。

 

すでに行動を決断済み

行動は1歩踏み出すまでにもっともエネルギーを要する。

例えば海外へ出ることマラソン大会

行くかどうか、参加するかどうか、それを決めるためにエネルギーがいるので、決断する前はあまり調べたりしない方がいい。

調べるほどに決断に必要なエネルギーは落ちていく。

 

だからオススメしたいのは「ノータイムポチり」という技術だ。

先にポチってしまう。

とりあえずチケットを買ってしまう。

マラソン大会の参加表明をしてしまう。

 

ここまで行ってしまえば、あとはそれほど行動力を必要としない

決断を下したならあとはちゃんと計画を立て、準備した方がいい。

 

僕はこの方法で初マラソンを裸足で完走した。

20km以上の距離を走ったことさえなかったのに、大会の5ヶ月前に参加チケットを買ってしまった。

ツイッターでも表明してしまった。

あとはやるしかない。

そうなれば自然と行動力は湧き出てくる。

 

ちなみに僕にノータイムポチりという技術を教えてくれたのはこの本。

本当に行動力のある人というのは、この人のような人のことをいう。

僕なんかは行動力があるとはとても言えない。

 

他人が関わっている

横須賀の米軍基地で日本語を教えるボランティアをしていた時、たくさんのアメリカ人を連れて皇居と新橋の飲み屋街ツアーをやったことがあった。

計画が苦手な僕も、これほど多くの人を連れていくとなると計画せざるを得なかった。

ルートや時間帯について当日までちゃんと考えた。

結果は中成功。大成功ではない。

でもとても喜んでもらえたと思う。

 

ただ問題だったのは、週末の昼間だったことだ。

新橋の飲み屋街は一年中店が開いていて、真昼間から呑んだくれているおっさんがいる場所だと思い込んでいた

ところが週末の昼間はもう全然お店が開いていなくて、結局おっさんたちが集まっているような場所は見つからず、たまたま開店していた大阪名物の串焼きの店に入った。

 

あれほどの数の日本人を連れて行ってあの状況だったら、空気が淀んでヤバかったと思う。

小さいことにはこだわらないアメリカ人の大雑把な気質に助けられ、和やかに串焼きを頂いた。

 

うーん、日本人はちょっとクオリティにうるさ過ぎるのかもしれないね。

 

4. まとめ

まさか行動力についてこんなに長く書くとは思いもしなかった。

書いてみたことで、意外と僕はいろんな意図を持って決断し、行動しているのだと分かった。

そして「行動力をつけたい」と思っている人たちに向けて伝えたかったことがあったのだと。

 

きっとみんな頭が良過ぎるのだと思う。

考えすぎちゃって動けない。

動くためには頭の中を空っぽにする必要があるのだと思う。

バカになる必要が。

 

何も考えずに決断し、決断したことで自然と湧き出るエネルギーを利用する。

 

これが行動力の極意なのだと思った。

 

おしまいっ!




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