休息のマネジメント – バスケットボールが教えてくれたこと

 

 

数日前から体がガチガチに固まってつらかった。

まるもに住むようになってから2ヶ月、週末にバスケをするようになったせいだと思う。

日曜の夜にバスケ。

翌日の朝は体がバキバキになる。

起きて階段を降りる時はまるでおじいちゃん。

 

それでも8年ぶりにバスケを再開してよかったなと思う。

仲間と笑いながら体を動かし、終わったらみんなで食卓を囲む。

まるもに来てよかったなと心から思う。

 

問題なのはバスケを再開したら「バスケが上手くなりたい」という気持ちも芽生えてしまったことだ。

再開した当初はボール感覚もゲーム感覚も皆無だった。

でも毎週続けていくうちに少しずつ感覚は戻ってくる。

そうなると「体づくりもちゃんとしないとな」って思うようになる。

平日も走ったり筋トレしたりするようになった。

 

「もっと上手くなりたい」

 

この気持ちは諸刃の剣だと思う。

プラス面だけではなくマイナス面もある。

前に進む力になるものの、それゆえに視野が狭くなり、時には焦りを生む。

 

あらゆる分野において、何か上達したいことがあるのなら、休むことの大切さを知っていた方がいい。

 

今回は僕がそう思うようになったわけについて話してみようと思います。

 

 

1. バスケでボロボロになった過去

ヘタクソなのに無謀にもプロになりたいと思った

30代前半、僕は道に迷いまくっていた。

興味のある仕事を次々とやっていたんだけど、どれもしっくりこなくて、たいてい人間関係がおかしくなってやめていた。

そんな頃、この漫画を読んだ。

リアル

リアル 1 (Young jump comics)

「スラムダンク」を描いた井上雄彦の作品。

バスケをやめ、高校を中退した主人公が社会で揉まれ、上手くいかず、孤立し、大好きなバスケに再度挑む話。

 

「好きなことをして生きていく」

 

今もその頃も僕の想いは変わらない。

この漫画を読んだ僕は自分の好きなことをもう一度考えた。

・映画
・絵を描くこと
・バスケ

すでに「役者になりたい」と思って俳優養成所に入ったことがあった。人間関係で揉めて半年でやめた。救いを求めてロサンゼルスにも行った。全然無理だと思って帰って来た。

4コマブログを書いたこともあった。友達の一人が熱心に読んでくれていたが、アクセスが伸びず、辛くなってやめた。

「もうバスケくらいしか好きなことがないな」と思った。

 

高校生の頃は本当にバスケが好きだった。

チームとは全然馴染めず、先輩・同学年・後輩ともうまくコミュニケーションが取れなかったけど、それでもバスケは好きで3年間続けた。

ずっとベンチウォーマーだった。

試合に出たことはない。

引退試合の時、もう負けが決まって初めて出場した。

舞い上がった。

わずか3分の間に3つのファール。

最後はディフェンスに突撃しながらランニングシュート。

オフェンスファール。

頭が真っ白のままコートを後にした。

 

リバウンド以外なんの取り柄もない選手だった。

チームフォーメーションもわからない。

シュートも入らない。

 

その頃日本に初めてのバスケのプロリーグが生まれていた。

漫画「リアル」の主人公はそこのプロ選手を目指していた。

僕もそこを目指してみようと思った。

 

ボロボロになってやめた

地元の社会人バスケチームを見つけて入った。

ベテランプレーヤーばかりで年齢層が高かったけど、それなりにうまい人がいるチームだった。

現役高校生もたまに来た。

そのうちの一人は全国大会で優勝し、現在はプロとして活躍している。

 

週に一度そこへ行き練習した。

練習のない日はジムでトレーニングしたり、外を走ったり、公園のコートで練習した。

高校生の時にあった体の自在感は取り戻せなかったが、チームで勝つという感覚を初めて知った。

試合にも何回か出してもらった。

自分が活躍しなくても、自分の役割をちゃんとこなし、チームが機能すれば勝てる。

 

「一度やると決めたらやり遂げなければならない」

なんども挫折して来たくせに、そんな社会の暗黙的道徳を大事にしてた。

それを守れなけば、人間としてダメなのだと思っていた。

なんども挫折していたから、「自分はダメな人間なんだ」という思いばかり募らせていた。

「もうこれ以上、自分をダメな人間だと思いたくない」

そう思っていたから、バスケを始めてみて、「プロという目標は現実的ではない」と気づきながらも、諦められずにいた。

 

結局最後は体がNGを出した。

運動のしすぎで足の裏、かかと、ヒザに慢性的な痛みを抱えるようになった。

日常的に痛むので、歩くのもキツい。

 

しかし痛みを我慢しながら運動した。

体が温まってくると痛みが引いて動けるようになる。

「動けば痛みは和らぐのだから、動けばいい」と思っていたが、日に日に症状はひどくなり、体温め作戦さえ通用しない状態になった。

そうしてバスケはやめた。

再び挫折感を無力感を味わった。

 

学生バスケのビデオ撮影という仕事

好きなことをやり、挫折し、諦めていくうちに選択肢はどんどん狭まっていった。

「あれもこれもできるかもしれない」という可能性は消え、

「あれもこれもできなかったが、これならできるかもしれない」というわずかな可能性に賭けるスタイルに変わっていった。

 

選択肢は少ない方が迷いはなくなる。

だからこそやってみることは大事だ。

ダメでも失敗に終わってもいい。

選択肢が減ることが大切だと思う。

 

バスケのプレーヤーとしての道、そんなバカバカしい選択肢がなくなった僕は視点を変えた。

「バスケに関われればなんでもいい」

そう思っていた時に月刊バスケットボールという雑誌にあった広告に目が留まった。

「ビデオカメラマン募集」

学生バスケの全国大会を中心にビデオ撮影し、通信販売でDVDを売っていた「リアルタイム」という会社の広告だった。

 

さっそく応募し、その年の夏、高校インターハイの撮影からビデオカメラマンとしての道がはじまった。

 

それまでアメリカのプロバスケットボール、NBAにしか興味のなかった僕は、学生バスケの面白さに夢中になった。

NBAという途方もなくすごい世界のプレーではなく、日本のバスケ界という普通の世界のプレー。

途方もなくすごくはないけれど、ヘタクソプレーヤーの僕にとっては現実的なプレーだった。

面白かったのはプレーだけではなく、全国レベルの選手達・コーチ・監督たちの考え方だった。

試合後インタビューの撮影もした。

自分が気になったことをダイレクトに質問した。

・どういう気持ちで試合と向き合っているのか
・行き詰まった展開を打開した時、その選手の内部ではどんなことが起こっているのか
・大会がない時にはどんな暮らしを送っているのか
・チームメイトのことはどんな風に思っているのか

あらゆる返答が新鮮だった。

上手くなるプレーヤーにはちゃんと理由がある。

全国レベルの選手たちの撮影を続けるうち、自分の中にデータが蓄積され、バスケットボールというものが少しずつわかるようになっていった。

それまでさっぱり分からなかったチームプレーというものが分かるようになった。

 

撮影ばかりではなく、撮ってきた映像の編集もやった。

個人事業主としてビデオカメラマンをやってきた社長の住んでいる秋田県能代市へ行き、ビデオ編集を教わった。

自分で撮影してきたもの、人が撮影したものを編集することで、撮影のコツが分かっただけでなく、バスケットボールというゲームのことをさらに深く理解できるようになった。

 

月刊バスケットボールの雑誌編集者や、NBAのテレビ番組で解説をするような人たち、元日本代表選手などとも関わる機会もあった。

彼らの暮らしを垣間見て、「好きを仕事にする」ということがどれだけ人を幸せにするかを知った。

あれもこれもなくていい。

ただバスケがあって、一緒の時間を過ごす仲間と、生活に必要なお金があればそれで十分なのだと知った。

 

バスケで食っていくことは日本では派手なことではない。

大きな収入を稼いでいる人は皆無だった。

学校でバスケを教える人も、雑誌を作る人も、テレビ解説をする人も、プレーヤーとして活躍する人も。

でもみんな幸せそうだった。

 

ビデオ撮影の仕事をしていた間、僕も幸せだった。

心の底から好きを追い求めることができた初めての仕事だったと思う。

3年ほどやったあのアルバイトは今でも僕の心の糧になっている。

 

断食の思わぬ効果

ビデオ撮影をやっていた頃、「人は食べなくても生きられる」という本に出会い、食べない生活を試した。

21日間、ほぼ固形物を口にしない生活を実践。

最後は「このままでは死ぬ」、そんな状態になって終わったのだけど、思わぬ副産物があった。

バスケでボロボロだった身体が、絶食後みるみる修復されていった。

ガイコツのように痩せこけていた僕の体は、食生活を元に戻したらあっという間に元に戻り、ぶっ壊れていた足の裏や膝の痛みは跡形もなくなくなってしまった。

食べなかったことで不要な筋肉は食い尽くされ、食べ始めて再生成したことで治ってしまったのだと思う。

断食の可能性を知った出来事だった。

 

関連:僕と不食との出会い

 

2. 休むからこそ上手くなる

マイケルジョーダンの言葉の意味がわかった瞬間

高校生の頃、バルセロナオリンピックがあった。

それまでアメリカのオリンピック代表はプロからは選出せず、学生を中心としたアマチュアチームでオリンピックに挑んでいた。

学生選抜チームでもアメリカは優勝し続けてきたのだが、1988年のソウルオリンピックで初めて優勝を逃した。

なんと銅メダル。

決勝戦にさえ行けなかったのだ。

バスケットボールの国際化が進み、それまでアメリカ人ばかりだったNBAに海外の選手が入るようになって、NBAという世界トップリーグでプレー選手する選手が世界中に出現するようになった。

それにより、世界のバスケットボールのレベルは上がった結果だった。

「今のままではオリンピックで勝てない」

そう悟ったアメリカのバスケットボール界は、それまでのルールを変え、プロ選手をオリンピックに出場させることを決めた。

初めてのドリームチーム。

今でも語り継がれる伝説のチーム。

バスケットボールの神様、マイケルジョーダンが唯一プロとして参加したドリームチームだった。

Michael Jordan (Bulls),
OCTOBER 17, 1997 – NBA :
NBA pre-season match between the PSG racing and the Chicago Bulls in Paris, France. (Photo by AFLO)

参照:wikipedia「プロ選手出場が解禁されるまで」

 

アメリカバスケットボール界がドリームチームを編成しようとした時、当然ジョーダンにも声がかかった。

他のスター選手たちが出場要請に応じる中、ジョーダンは出場を拒否し続けた。

 

「リラックスする時間が取れるかどうか、それが重要なことなんだ」

 

「Air Time」という動画のインタビュー中、ジョーダンはそう語っている。

 

初めてそのシーンを見た時、印象的だと思ったものの、その言葉の真意はよく分からなかった。

しかし自分がバスケを通して体がボロボロになり、プレーできないような状態を経験したことで、ジョーダンの言葉の意味がはっきり分かった。

 

シーズンオフは、レギュラーシーズンでボロボロになった体を修復するための時間

その期間にプロ選手がオリンピックのために練習し、大会に参加するということがどれほどNBAで優勝するということにとってマイナスになるか、それをジョーダンは分かっていたからそう簡単にはOKを出さなかった。

チームを応援してくれる人たちのためにも優勝しなきゃならない。

子供達に夢を見せ続けるためにも優勝しなきゃならない。

そう思ってジョーダンは全てを賭けてやってきたわけだけど、結局オリンピックに出場することも人に生きる力を与えるチャンスであると考え直して、ジョーダンはオリンピック出場を承諾したのではないかと僕は想像している。

ファンや子供達、チームメイト、スポンサー、自分を取り巻くあらゆる人たちを大切にするジョーダンの姿勢がAir Timeには映されている。

 

バスケのビデオ撮影をしていて知ったことがある。

「動画ではリアリティの10分の1も伝えられない」

それでもこの動画には今でも感動させられる。

シーンによっては涙が止められなくなる。

Air Timeは僕にとって史上最高の動画の一つだ。

ぜひ見てみて欲しい。

(ジョーダンが「リラックスする時間が持てるかどうかが重要なことなんだ」と語っているのは36分経過したところにありますが、もし最初から見て気に入ったら全部見て欲しいです。これはただのジョービデオではないです。ジョーダンという人間の生き様を描いた物語です)

 

立ち止まって周りを見渡す

高速道路を時速100km以上で走り、高速から降りた時、信じられないほど時間がスローになる。

脳の処理速度が異常に早くなっているから、普通の運転スピードでは処理能力が余ってしまうために起こる現象だ。

しかし高速道路を丸一日走り続けることはできない。

肉体を持っている限り、疲労からは逃れられない。

魂は疲労しなくても、肉体は疲労する。

 

都会から高速道路を運転して田舎に向かっている時、景色はどんどん美しくなって行くけど、空気が綺麗になって行く感覚や、頭上に広がっている綺麗な空は見えないし、一緒に乗っている人の顔も見れない。

鳥のさえずりも聞こえないし、緑の香りも感じることはできない。

 

運転に疲れてサービスエリアに入り、車を止めて外に出た時、高速になっている脳のためか、疲労感と同時に多くの情報が入ってくる。

自然と呼吸は深くなり、心地よさでつい笑顔になってしまう。

食事も妙に美味しく感じる。

一緒にいる人たちの笑顔が輝いて見える。

スキーをした後のコテージでの休憩も、海で泳いでビーチに上がってきたときの感覚も、それに近いものがあると思う。

 

仕事をしていても、疲れて外に散歩に出たときなどは、ぐったりとしているものの、空気が心地よく感じられる。

太陽の光もまぶしい。

そうしてリラックスして歩いていると、いいアイデアが生まれることもある。

 

結局思うのだけど、休憩ってすごく生産的な行為なのだと思う。

集中と緩和、これを繰り返すことが最も生産性を高められる。

ずっと集中してばかりで、緩和することを怠ってしまうと、結局必要以上の疲労が溜まり、リセットするのにも必要以上の時間がかかる。

ずっと緩和していてもダメ。

集中に入りづらくなっちゃうから。

 

遠くへ行きたいならちゃんと休む。

トータルで物事を考えられる自分でありたい。

 

加齢の問題と時間の使い方

バスケを再開してみて思うのは、「学生時代はどうしてあれほど大量のエキササイズができたのだろう?」ということ。

毎日5時間近く激しく体を動かしていた。

丸一日休んでいたことなどほぼない。

ずっと体を酷使しても大丈夫だった。

 

なのに今ではそんなことはできない。

やろうとしたら、どんどん体がボロボロになっていく。

 

歳をとったことで肉体的なパフォーマンスが落ちたとはあまり思えない。

しかし実感として認識しているのは「回復に時間がかかるようになった」ということだ。

回復に時間がかかるから投下できる時間も限られてくる。

 

子供が生まれ、父親になったことで似たような感覚も持っている。

奥さんや娘との時間を持つようにしなければ、仕事にも集中できない。

家族との時間は運動後の疲労回復時間に似ているのだ。

 

そうなってくると大切なのは時間の使い方。

「いかにして時間や労力をかけずに最大のパフォーマンスを出すか」

 

バスケットボールにおいてはプレースタイルが変わった。

どうやって人を生かすかを考えるようになった。

いかにエネルギーを使わずに必要な結果を出すかを考えるようになった。

高いジャンプ力がなくても、とてつもないスタミナがなくても、怪力じゃなくても以前と同じようなパフォーマンスを出す。

そのためにはガムシャラさを捨てる必要がある。

大切なのは状況判断能力。

それはスピードを落とし、視野を広げることで手に入る。

ガムシャラな状態では得づらい。

 

車では見えない景色も自転車なら目に入るようになる。

車じゃないと遠くにはいけないけど、自転車なら通った道の情報が手に入る。

 

歳を取るとは時間を失うこと。

スピードが遅くなること。

しかし失うだけではなく、得るものもある。

結局歳を取ることはマイナスではない。

きっと人は死ぬまで成長し続けることができる。

僕はそう思う。

 

自然の摂理に従って体をほぐす

昨日・今日と体がバキバキだったから、時間の使い方を変えることにした。

バスケをするための体力をつけたいけど、むやみに運動するのはやめることにした。

作業の途中で疲れたら走ったり、筋トレしたり、なわとびをしたりしてたのだけど、その時間に骨ストレッチをすることにした。

ゆるめる力 骨ストレッチ

親指と小指を関節に当てながら楽に体を動かすことで不思議と体がゆるんでしまうという最近注目されている不思議なストレッチ。

このストレッチをしていると呼吸が楽になってきて、どんどん関節の可動域が広がる。

それまではカチコチで動かなかった関節が動くようになるので、途中からコキコキ関節から音が出始める。

緩んでいくプロセスを実感できる。

 

このストレッチは頑張ったらうまくいかない。

ゴリゴリ一生懸命やっても体は硬くなっていくだけ。

筋肉や関節にも自分のペースというものがある。

人間も「動け!動け!」と命令すればするほどそれに反したくなる気持ちが生まれるように、関節や筋肉にもそういう反作用があるように思う。

関節や筋肉と対話し、彼らのペースを知り、それに合わせてあげることで彼らは喜んで緩んでくれるように思う。

 

ずっと頑張ることはいいことだと思っていた。

でも物事には自然の道理があり、それに反していたらどんなに頑張っても結果は出ない。

自然の摂理を知ること。

そのために休息という時間が必要なのだ。

 

頑張りすぎていると思ったら休もう。

 

そんなメッセージを残して今日の記事を終えたい。

 

最後まで読んでくださってありがとうございます。

 

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