2回目のいなフリ講師をやっている時にモヤモヤして書いたこと

僕はもともとフラットな人間だ

子供の頃から縦の関係があまり理解できなかった

年上とか年下とか社会的ステータスが上とか下とかあまり理解できない

幼少時代をシンガポールで過ごしたからかもしれない

 

現在田舎フリーランス養成講座のメンター講師として2回目のチャレンジをしている

3ヶ月前はじめてやった時は夢中だった

スキル不足を補うため、受講生のために自分が何をできるのか必死に考え、アイデアを試した

 

最初はどうしていいか分からなかったが、次第に自分がメンターとして何ができるのか分かってきて、最後は思い残すことなく終われた

今でもその時の受講生とは深いところで繋がれている気がする

 

しかし2回目の今回、どこか違和感を覚えている

やるべきことは分かったから、前回できなかったことも含めてきめ細かく対応できているように思う

自分がフリーランスとして方向が見えなくなった受講生と話すときも、しっかりと話を聞き、道筋を一緒に見つけることができた

 

「メンターとしては卒なくこなせているのにどうしてこんなに違和感があるのだろう?」

そんな疑問が週末の2日間グルグル自分の中を漂っている

 

その答えが今朝ようやく見えた

 

 

立場がフラットじゃないのだ

 

上下関係のようになっている

 

受講生とメンター、構造としては上下になって当たり前のことなのだけど、僕にとってはこの関係が心地よくないのだ

自分のどうしようもなくダメな部分をうまくさらけ出すことができない

これが苦しいのだと思う

 

前回のいなフリ(田舎フリーランス養成講座の略称)では、僕はメンター講師であったがメンター講師ではなかった

受講生と同じ立場で一人のフリーランスプレーヤーとして接していた

彼ら受講生も同じように接してくれていた

ダメなおっさんだけど自分のことを一生懸命考えてくれる人

4人ともそんな風に僕を見ていたのではないかと思う

 

僕は受講生と肩を組んでもみくちゃになりながら過ごしたいのだ

チームで何かを成し遂げる

写真屋の店長だった時、アプリ開発チームを組んでいた時、ドロドロになりながらみんなで何かを目指していたときのあの感覚をずっと持ち続けたいのだ

 

ドロドロに汚れながらみんなで何かをやっていると奇跡が起きやすい

自分たちが思ってもみなかったことが起こる

 

写真屋の店長だった時は「売上見込みのない店は直営店になる。直営店がフランチャイズオーナーに買い取ってもらえることはない」というジンクスを破ることができた

アプリ開発では有力メディアから取材を受けるというところまで発展した

自分でも想像もしなかった未来を体験したい

 

不器用な僕がそのためにできること

それが人と一緒にドロドロになりながら進むことなのだ

 

もっとフラットな関係でありたい

もっと本音で語り合いたい

今僕はそう思っている

かっこつけたり鎧を着て人と接しても全然おもしろくない