【セックスレスとポリアモリー】結婚相手がすべてをカバーするってそもそも無茶な話だと思うんだ

 

 

最近、大人向けのマンガを読んでいます。

夫婦公認の婚外恋愛を描いた「1122」という作品。

 

 

「結婚しながらほかの人と付き合う!?」

「しかもそれを結婚相手に伝えるの!?」

 

今の日本の社会通俗的にはこんな違和感を感じる人の方が多いかも知れないけど、

結婚が制度疲労を起こし、

時代と合わなくなり、

離婚が増加しまくっている今、

結婚の常識が少しずつ変化してきています。

 

アメリカなどでは離婚ではなく、

「オープンマリッジ」という

「結婚を継続しつつも複数の人と付き合う」という形態も出てきているらしいです。

 

僕はこのオープンマリッジの話を聞いた時、

違和感ではなく、

人間として自然なことに思えたんですよね。

 

自分の結婚を通して、

「人生のベストパートナーがすべてをカバーできるわけではない」

「『結婚はこうでなければならない』という常識を疑う必要があるんじゃないか?」

と思ったから。

 

というわけで、

今日は僕が最近思っている結婚や男女関係のあれこれをまとめてみようと思います!

 

ポリアモリーとは?

ポリアモリーというのは、

20年前くらいからアメリカで使われだした言葉で、

一夫一婦制を信条とはしない人達のこと。

 

「付き合う人は一人でなければならない」

という考え方ではなく、

「複数の人と付き合ってもいい」

と考え、

その考え方をパートナーに対してオープンにしている人達のことです。

 

オープンマリッジを実践している人もポリアモリーと言えますね。

 

「ポリアモリーを語る会」に参加して感じたこと

先日、僕の住む町でこんな会が開催されました。

 

 

ポリアモリー実践者として有名なきのコさんという女性と、

 

きのコさんの現在の彼氏(のうちの1人)、市ッチ〜さんがゲスト。

2人の共通の趣味はサバイバルゲーム、通称サバゲーである

 

参加者の大半はポリアモリー実践者じゃなかったけど、

ひとり女性で実践している人がいました。

ホンモノ。。

 

「ポリアモリーだからって嫉妬しないわけじゃない」

 

「ポリアモリーになって嫉妬にもいろいろなタイプがあることを知った」

 

「ポリアモリーの場合、嫉妬を相手のせいにするわけにいかない」

 

「ポリアモリーにとって、嫉妬は自分と相手で一緒に向き合う問題だと思う」

といった嫉妬心との向き合い方の話や、

 

「複数の人を同時に好きになるって自然なことじゃない?」

 

「2人目の子供が生まれたからって1人目の子供に対する愛情はなくなるもの?」

 

「ほかの人を好きになっても、パートナーに対する愛情が薄れるわけじゃない」

 

「人はそれぞれ違うのだから、魅力を感じる部分は違って当たり前」

といった好きという感情の人間としての側面について語り合いました。

 

「ウソを付くのが苦痛だからポリアモリーにならざるを得なかった」

きのコさんの話で印象的だったのはこんな話でした。

「浮気しても上手に隠し通せる人はポリアモリーを名乗らなくていいと思うのよね」

 

「でも私は浮気をしてウソをつくのが苦しかったし、全然上手じゃなかった」

 

「だからずっと罪悪感を感じたり、『複数の人を好きになる自分は異常なんじゃないだろうか?』と思ったりして苦しかったんだけど、ポリアモリーという考え方を知った時に救われる思いがしたの」

 

「ウソを付くのが苦痛だったから、ポリアモリーにならざるを得なかったのよね」

 

僕はウソをつくのが下手です。

隠し通せる気がしないから、浮気をしたこともありません。

魅力的な人と会って「もっと話したい!」と思うこともあるけれど、

変な誤解を受けても嫌だし、

付き合っている人が聞いたらいい気持ちしないだろうと思うと動けなくて、

「もっと話したい!」という気持ちをセーブしてきました。

 

でもきのコさんのこの話を聞いたことで考えが変わりそうです。

自然な気持ちをセーブするのはやめようと思いました。

 

性的な関係を持たないまでも、

「ちょっとおもしろい女の子がいるから会って話してくる」

くらいの話はすべきだと思いました。

だってもし相手が男性だったら、躊躇することなく行動できることなのだから。

 

結婚というパートナーシップの限界

ポリアモリーを語る会でもう一つ印象に残ったフレーズがありました。

きのコさんの言ったこのひと言。

「1人で相手の要求をすべてをカバーするのは無理だよね」

 

この言葉を聞いた時、

結婚生活でジレンマを感じ続けてきた僕は

目からウロコが落ちる思いがしました。

 

「確かに!」

 

結婚相手に対して一般的に望むことの多様性

結婚して、子供を持ち、一緒に暮らしていると、

役割分担とか結婚相手に対して求めるものがあると思います

 

ざっと思いつくことをあげてみると、

・生活費の確保

・家事

・子育て

・心のケア

・仕事の話を聞いてもらう時間

・共通の趣味で楽しむ時間

・セックス

といったことがあると思います。

 

さて、、

これを全部ちゃんとこなせますか?

 

得意不得意もあるだろうし、

相手との相性とかもあると思うんですよね。

・稼ぐのがうまくない

・子供が苦手

・家事が苦手

・話を聞くのが苦手

・相手の仕事の話が分からない

・相手の仕事の中身に興味がない

・女心が分からない

・男心が分からない

・共通の趣味がない

・セックスの相性が良くない

こういうことってあると思うんです。

人間だから。

 

アウトソーシング型パートナーシップの可能性

「1人としか付き合っちゃいけない」

こういう前提があるから

「すべてを兼ね備えた完璧な相手を見つけなければいけない」

ってなっちゃうんだと思うんですけど、

「自分にとって完璧な相手」を見つけるのって根本的に難しすぎやしませんか?

 

すべてを兼ね備えているわけじゃなくてもいいと思うんです。

一緒に暮らす相手としてはそれほど問題はないわけだから。

離婚するほどの問題にはならない。

でも満たされない部分はどうしても出てしまう。

問題はそこ。

パートナーだけではカバーできない部分。

 

そのカバーできない部分を1人しかない相手に求めるから苦しいんだと思うんですよね。

相手に素養がないのに求めるから叶わない。

それって

魚屋に「野菜をください」と言っているようなもの。

その場合やるべきことは

八百屋に行って「野菜をください」と言うことなんじゃないかと思うのです。

 

「結婚相手に足りないものはアウトソーシングする」

これが当たり前になれば、

求めても叶わない苦しみから開放されます。

そのかわり、

今までは感じなかった嫉妬感を感じようになるかもしれません。

でも、

ウソをつかれ、浮気を知ったときの苦しみより、

よっぽどマイルドな苦しみなのではないか

と思うのです。

 

従来の結婚の美学 vs 今という時代

「結婚したら共に苦難を乗り越えていくものだ」

「結婚はガマン」

結婚した時、昭和の世代の人達から聞かされた言葉。

共に手を携えて荒波に向かっている夫婦の姿が目に浮かびます。

苦しくても頑張っている姿。

 

戦争があった時代、国民の多くが貧しかった時代、

人が死ぬ苦しみや、食べ物がない苦しみが身近にあって

生きることに精一杯。恋愛どころじゃない。

そんな時代の結婚の美学だったらおかしくないと思うのです。

 

でも今は違う。

戦争は日本では起こってないし、

餓死する人なんてほとんどいないし、

インターネットはあるし、

グローバル化は進んでるし、

世界から多様な考え方が入ってきている。

女性が働くことも当たり前になったし、

かつてはタブーだった同性愛も社会に受け入れられつつある。

 

これだけ世界が変わったのに、

結婚や男女関係の常識や美学を

今までの型にはめようとすることは無理があると思いませんか?

もうすでに無理が生じていて、型や枠が壊れそうになっていると感じませんか?

 

結婚や男女関係の常識や倫理観は上の世代から引き継いできたもの。

ある意味刷り込まれてきたもの。

自分で作ってきたものじゃない。

 

だから

「結婚とはこうじゃなきゃいけない!」

とか

「恋愛ってこうじゃなきゃいけない!」

って刷り込まれてきたものに従うのではなく、

今の時代に生きる自分という人間にとって何が最適なんだろう?

って考えるほうが人間的じゃないかと思うのです。

 

セックスレスは簡単に起こる

結婚して夫婦となり、子供ができて思ったのが、

「実は夫婦のセックスレスって日本では普通なんじゃないの?」

ってことでした。

 

我が家の場合、

子供の命が奥さんのお腹に宿った時からセックスレスが始まりました。

 

子供の命に向き合いはじめ、

母の意識が芽生えはじめた奥さんはセックスへの興味を一気に失っていきました。

 

僕の方はまだ父親としての意識は芽生えていません。

物理的に何の変化も起きていないから父親ではなく、男の意識のまま。

セックスはしたいわけです。

 

ネットで調べてみると

「安定期に入ってからはセックスは可能。激しくなければOK」

とあったので、一度セックスを求めてみたことがありました。

 

しかしあえなく撃沈。

拒絶されたときのショックは少なくないものがありました。

相手に求められてないセックスほど虚しいものはありません。

「求める → 拒絶される → 萎える」

そんなことを繰り返すうち、

奥さんとのセックスへの興味はなくなっていきました。

 

とはいえ、性欲が急激になくなるわけでもありません。

性欲の向けどころに困るわけです。

相手に求められてないセックスも虚しいですが、オナニーはもっと虚しい。

かといって浮気をできるタイプでもない。

 

結局僕は性欲そのものをなくすことで苦しみを回避する方法を取りました。

性的インプットや誘惑要素を減らし、雑念を除去する。

エロ動画・エロ画像はすべて処分し、PC内のエロ関連リンクはすべて削除。

市街地にはなるべくいかない。

女の子になるべく合わない。

 

これを徹底してやったら、半年ほどで性欲で苦しむことはなくなりました。

僕らの性欲は、どうやらメディアの煽りによって作り出されたもののようです。

インプットを断つとそれがよく分かります。

 

セックスは豊かさの証?

実際セックスレスになって思うのは、

「セックスってゆとりがなきゃ楽しめない」

ということ。

 

お金が足りなくて必死に仕事をしている状態や、

子育てに必死な状態の時って

セックスどころじゃないんです。

 

ただ性欲を吐き出すだけのセックスって楽しくないじゃないですか。

心に余裕がない状態では、相手の気持ちよさのことなんて考えられないじゃないですか。

心地よくなきゃセックスなんてしたいと思えないんですよ。

 

「セックスは豊かさの証」

「心にゆとりがなければセックスレスなんて簡単に起こる」

今僕はそう思うのです。

 

マンガ「1122」のセックスレス

冒頭で紹介したマンガ「1122」は、

セックスレスから夫婦公認恋愛へ移行していく様子が妙にリアルなマンガでした。

 

フリーランスのウェブデザイナーとして忙しく働く30代の既婚女性が主人公。

仕事が大事すぎて旦那とのセックスどころではない状況がセックスレスの原因となり、

思わず言ってしまった

「モテなくないでしょ?外でセックスすれば?」という言葉。

 

この言葉の責任を取る形で夫婦公認の婚外恋愛の物語がはじまっていくのです

 

 

どうですか?

もし何か感じるものがあったなら、ぜひ読んでもらいたいです。

きっと引き込まれると思うし、何かしらのヒントを与えてくれる思います。

 

セックスレスは頑張って克服すべきものなのか?

「結婚しても恋人同士のような仲のいい夫婦でいようね!」

これってよく聞く話だし、実際僕自身そう思ってました。

 

「セックスすれば悪くなった夫婦仲も解決する」

これも真実だと思います。

セックスは不思議と相手との心の距離を縮めてくれる。

 

でも思うんです。

「夫婦関係は100点じゃなくてもいいんじゃないの?」って。

「一緒にいて不快じゃなければ60点くらいでOKなんじゃない?」って。

 

そもそも結婚を決めたのはどうしてですか?

セックスの相性がいいから結婚しようと思いました?

「大抵の夫婦は違うんじゃないか」と僕は想像しています。

セックスの相性で結婚を決めてないのではないかと。

 

「一緒にずっといたいから」

「一緒に子供を育てたら楽しそうだから」

 

そんな理由の方が多いんじゃないですかね?

 

「セックスしたい」

 

「でも結婚相手としかセックスしちゃいけない」

 

「でも欲情しない」

 

「なんとかしなきゃ!」

ってなって苦しくなるくらいなら、

「僕は君の内面が好きだから一緒にいる」

 

「性欲があるのは人間だからしょうがないよね」

 

「セックスの相性が合わないのもしょうがないよね」

 

「僕には提供できない部分はほかの人と楽しんでおいで」

って考えたほうが楽だし自然なんじゃないでしょうか?

 

さいごに

セックスだけでなく、趣味や、食事の好みなども人によって違うもの。

夫婦だからってカップルだからってそれが完全に重なり合うことはないと思います。

 

好きなレストランのタイプが違って当たり前。

趣味が違って当たり前。

好みの違いがあるのに一緒の時間を共有したり、一緒に住んだり、一緒に子育てしたりするのはなぜか?

 

それは

「一緒にいて楽しいから」

「一緒に住んでいて快適だから」

「一緒に子育てしたいと思ったから」

といった気持ちがあるからだと思います。

 

この部分が変わらなければOKなんじゃないでしょうか?

行きたいレストランのタイプが違うのに無理して一緒に行く必要はないと思うし、

興味のない趣味をわざわざ一緒にやる必要はないと思うのです。

 

「一緒にいて楽しい」

「一緒に住んでいて快適」

「一緒に子育てしたい」

「僕の/私のこういう気持ちを大事にしてくれるんだったら、

 あなたの自然な気持ちを尊重します!」

 

これが今地球で生まれつつある「ポリアモリーという考え方」なのではないかと僕は思っています。

 

 

ポリアモリーの基礎知識を入れたいなら

ポリアモリー実践者の話を聞きたいなら