断食中の自分の能力は一時的なギフト

昨日の朝から断食している。

自宅で家族で過ごしていると、家族と一緒に食事を取る。

だいたい朝と晩の2回。

多いとお昼も食べるから、1日3食になる。

でも僕は不食や断食の経験がそれなりにあるから、日常的に食べ続けている時、自分の頭がボーッとしていて、脳の機能に精彩がないことを知覚している。

 

食を断ったことがない人は分からないと思うけど、食を断つと驚くほど頭の中がスッキリする。

脳の機能がよくなってちょっと頭が良くなったような気になる。

胃腸に負担をかけないので、睡眠時間も減る。

通常6時間なら4時間になるし、

断食の継続期間が長くなれば、2時間くらいで十分になる。

 

睡眠時間が減れば、なにかをやる時間が増える。

インプットする時間もアウトプットする時間も増える。

しかも頭が冴えていれば、アイデアもどんどん浮かぶ。

断食を始めてから1日半が経った今の僕はそんな状態になっている。

いつもと違う感じの記事を書いているのはそのせい。

昨日から記事を量産できているのもそのせい。

 

食事を普通に取っていて、自分を取り囲む状況が思わしくない時、僕は断食をしたくなる。

一時的にバージョンアップして現状を打破したいと思うから。

断食にはそんな効果があるって分かっているから。

 

以前不食にハマって、不食実験をしていたとき、食べないことのデメリットを知った。

不食・少食実験を始めて4週間経ったので振り返ってみた

 

デメリットとして最も大きかったのは、奥さんとの関係が悪化することだった。

一緒に住んでいながらダンナは一緒に食事を摂らず、自分と娘だけで頂く食事は味気なかったに違いない。

それまでは奥さんが料理を作ってくれたら僕はいつも「おいしい!おいしい!」と言って食べていたから、奥さんにとっては料理を作る喜びを失っていたはずだ。

結果として、一緒に暮らすパートナーとしての僕の価値は彼女の中で大幅に下がった。

不食実験をしていたあの頃、奥さんが僕に向けていた目は他人を見る目だった。

 

あの経験を通して、僕は食の本質はコミュニケーションであり、喜びの共有や摂取であると思った。

食べることの大事さを知った。

 

結婚してなければもっと不食の道を追求していたかもしれない。

でも僕は奥さんと娘と幸せに暮らしていきたい。

だから食べること、食べないことの両方のメリットを享受して生きていこうと思ってる。

 

外から見たら僕という人間はたまにいい事をいうなぁと思ってたら、急にダメなおっさんになったりという感じで、変化が激しい人に見えるんじゃないかと思う。

できれば僕だってお利口で優秀な人に見られたほうがいいと思う。

でも食べていればやっぱり脳の機能は落ちる。

そして何より食べ物は美味しいし、美味しいものを食べたら幸せな気持ちになる。

美味しいものを食べて幸せな気持ちになる時間を人生の中で味わいたい。

 

普通に食べて暮らしている時に、断食している時の能力を自分に求めたら苦しい。

無い物ねだりになる。

食べることと食べないことを両方楽しみながら生きていくうえで大切なこと、、、

それは、ダメな自分を認め、断食している時の自分は特別な状態であって、一時的なギフトなのだと理解することなのだと思う。




いつもと全然違うテイストでビックリした?

今ね、この本を読んでいたんですよ。

1937年に出版され、80年経った今でも多くの人に読み継がれている歴史的名著のマンガ版。

読みたいと思っていた本がコワーキングスペースの本棚にあったので読んでみたのです。

そしたら急に言葉が頭の中に湧いてきたので、ザザ〜っと書いてみました。

 

テイストが違うのはそんなワケだったのでした。

たまにはこんなのもいいよね。

 

ではまた!

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