できないことは仕方ない。できることを精一杯やることでできないことをできることに変えよう

 

田舎フリーランス養成講座、通称いなフリのメンターを始めて10日が経った。

先週は自分のスキルのなさに引け目を感じたり情けなくなったりして辛い時間もあった。

しかし自分ができないこと、持っていないスキルを1日でなんとかすることはできないことを悟り、自分のできうる限りのことをやると決めたら楽になり、目の前のことに集中できるようになった。

苦手だったスケジュールやタスクの管理も本気でやるようになった。togglとtodoist, googleカレンダーという3つのツールを使い、徹底的に自分のやることを明確にし、時間を分単位で管理・記録するようになって、仕事のやり方が大幅に変わった。

今までだったらやろうと思ったことをやり、やり終えたら「さて何を次をやろう」と考えている時間が膨大にあったのだけど、そんな時間はなくなり、すぐに次のタスクに取りかかれるようになった。次にやるべきことが見えていると、取り掛かったときのスタートダッシュも全然違った。

スキルが足りなくてどうアドバイスしたらいいか分からなかったライティングやブログのことも、自分の持っている知識を総動員して、背伸びをせずにできうる限りのことをやることにした。

担当受講生が書いた日報や記事に全て目を通し、自分の視点から見えることをすぐにフィードバックするようにした。そうすると意外にも自分が伝えられることがあることが分かってきた。

すでにあるものをより良くするためのアイデアを出すのは得意だ。ゼロを一にするのは苦手かもしれないし、実績はないかもしれないが、自分の得意な能力を生かすことはできると知った。

 

メンター陣は3人いる。

先週の時点で悩みを持っていたのはスキル不足が目立つ僕だけだった。

しかし今週になって他のメンターたちも技術的なスキル以外のことに直面しだした。彼らは僕と違い、フリーランスとしての仕事をメンターの仕事以外に抱えている。それもこなしながら講座の準備もし、さらにメンタリングも行う。

やることが多いこと以外にも、経験不足からくる問題にも直面しだした。他のメンターは年齢が僕よりだいぶ若い。人によっては受講生よりも若かったりする。その若さや経験不足だと自分が感じた途端に無力感を感じてしまうような場面に出くわしている。

しかし彼らの問題も僕のスキルの問題と一緒で、一気に解決できるものではない。ないものは仕方がない。あるもので補うしかないのだ。

それぞれがそれぞれの問題に直面し、能力の不足を感じだした今、僕らはチームとして機能せざるをえなくなった。運営人5人で一人だと考えるしかない。

All for One. One for All.

みんなは一人のために。一人はみんなのために。

足りない能力を補い合えば、受講生たちのニーズに応えられるはずだ。

 

受講生たちもメンターたちも自分の殻を破らなければ越えられない壁に当たり始めている。

今までの習慣をそのまま継続するのはたやすい。

しかし、求めている場所へ行くのに今のままの自分では行けないのなら、今までやったことのない行動や考え方を試さなければならない。

 

新しいことを試す時、最初は苦痛のような感覚が生まれる。

結局はそんな苦痛も続けることによって体が慣れていくのだけど、慣れるまでは苦しい。不快感が伴う。

不快感を感じないように変化を諦めるのか、変化のために不快感を受け入れるのか、それは個人の自由だ。

耐え難いのであれば諦めてみるのも手だし、なんとか耐えられるのであれば続ける方が望ましいと思う。

 

メンターをやってみてこう思うようになった。

まるで親のようだと。

子供を持った今だからこそそんな風に感じるのだと思う。

親も一人の人間でしかない。子供の目からみると小さい頃はなんでもできちゃうスーパーマンのように感じるのだけど、子供が年齢を重ねるにつれ、親のボロが目立ち始める。

 

そんなボロを受け入れられないような時期が僕にもあった。

しかし、親にとって子育てというのはすべて初めての経験なのだ。そして何より人間は完全な存在ではない。あらゆることを知っていて、あらゆることができる人間など一人もいない。賢者と呼ばれる人も聖人と呼ばれる人でも同じこと。

持っている能力は限られている。

 

親もメンターも持っている能力は与えればいい。

しかし一番大切なことは、持っている能力を与えることではなく、子供や生徒が自分で道を切り開く力を身につけさせることなのだと思う。

自分で道を切り開くという能力を育てる上でメンターや親に何ができるか。

それは親やメンターが生き様を見せることだと思う。一人の人間として、一人のフリーランスとして、自分が道を切り開こうとしている姿を見せること、そしてどうやって道を切り開こうとしているのかを見せること、これこそが親やメンターの役割なのだ。

教育でやるべきことの本質は教えることではない。学ぶ力をつけさせることだ。

 

子育てを通して一番成長できるのは親だと思う。子供ができてから劇的に変わった自分を見て思う。

メンターをすることで成長するのもまたメンターなのだと思う。

 

受講生の誰よりもいなフリの期間を通して人間として成長する。

ついてこれるものならついてこい!

そういう気概でメンタリングに臨むメンターを見たら、絶対にこの人よりも成長してやる!と思えるように思う。少なくとも僕だったらそう思う。

 

できないことは仕方ない。できることを精一杯やることでできないことをできることに変えよう。