裸足で走り始めたころは人目が気になって仕方がなかった

家から駅に向かうまでの道、

駅から家に帰るまでの道、

僕はそこを毎日裸足で歩いている。

 

 

始まり

4年前、

BORN TO RUNを読んで裸足で走り出した時にはとにかく人目が気になった。

横浜みなとみらいのデコボコの少ないスムースな路面を週に2・3回走るようになった。

早朝5時とかだったから、ほとんど人は起きてなくて、すれ違う人はほとんどいないけど、それでも恥ずかしかった。

裸足で走るようになってすぐにその解放感の虜になった。

みなとみらいまでの3キロの間はシューズを履いていく。

臨港パークに着いたらシューズを脱いだ。

次々と起こる気づき

靴を脱いで裸足で走り始めて少し経つと気がついた。

 

靴の中で実は足が窮屈な思いをしていて、のびのびできてなかったことを。

 

山下公園の手前まで走って(山下公園はけっこう足の裏に厳しいアスファルトで、当時は敬遠していた)臨港パークに戻ってくるまでの約5キロの道、人とすれ違うと恥ずかしいから、手に持ってるシューズをアピールしたいような気分だった。

不思議なものでシューズを脱いで裸足で走ると足が軽く感じた。シューズを再び履くと足が重くなる

 

走っても進まない感覚。

 

だからだんだんシューズを履きたくないって思うようになっていった。

 

裸足で地面を掴んで走るとラクに走れるのだ。ラクに歩けるのだ。

 

ぬるま湯育ちの足の裏はびっくりするほど弱かった

しかし最初の頃はとにかく足の裏が内出血した。

 

痛くはないのだけれど、

みなとみらいのデコボコの少ないスムースな路面さえ、当

時の僕の足の裏は負荷に耐えられなかったのだ。

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数ヶ月経って足の裏が強くなってきた。

すると、わざわざ3キロも離れたみなとみらいまで移動せずに気楽に家の近くを裸足で走りたいと思うようになった。

もっと気軽に外で裸足になりたい。

 

どんどん足の裏が強くなっていく。そしてどんどん速く走れるようになる。

 

自分がどんどん変化していく。

 

それも裸足の魅力だった。

ものすごい成長スピードに感動した。

大人になってからこんなに早いスピードで変化したのは初めてかもしれない。

家の近所を走る

妄想

家の近所を裸足で走るのは抵抗があった。

ぼくのことを知ってる人なら笑って「最近ハマってるんですよ、へへへー」で済む。

でも僕のことを知らない人は理解がない。

だから変質者と思われるかもしれない、そんなことを気にしていた。

 

妄想していた

 

そしてその妄想に怯えてた。

 

今思えば本当に妄想だ。

本当にそう思う人もいるかもしれないが、永遠に僕にはそれは分からない。

誰かが「早朝に裸足で走っている変質者が近所にいる。住環境が悪くなるから追い出そう」と声をあげたり、直接声をかけてこない限り。

4年前に始めて途中の2年のブランクがあったので、約2年裸足で走っているけど、今まで一度だってそんなことはなかった。

頭の中にある想像は妄想であって現実ではない

裸足であることに気づいて足に目がいく人はそれなりにいたけど、特段それで嫌悪感を示したりする人はいなかった。驚いてる人はいたけどね。

 

社会は僕が思っていたよりもだいぶ寛容だった。

 

たった1人変人がいても問題ないのだ。変人が徒党を組むと社会は嫌悪感を示すのだ。

頭から体へ

ぼくは思い切って家の周りを裸足で走ってみた。

当時住んでいたところは公園や坂道、階段の多い場所だったからアスレチックのようだった。

公園の砂利道を抜け、長くて細い階段を駆け上がり、グネグネ曲がる道を駆け下りる。

 

裸足で走るとドキドキする。

 

風を感じる。

 

いつも以上に五感が鋭くなる。

 

気がつくと子供のような気持ちになっている。

 

笑顔だ。

 

 

シューズを履いている時よりも早く頭から体に意識が移る。

意識が体に移れば日常の嫌なことも忘れて体の感覚に夢中になれる。

体の感覚に夢中になってしまえば頭の中にあった妄想も消えていく。

裸足はクイックに心の状態を整えてくれるのだ。

シューズを履いているより短い距離と時間で僕をリセットしてくれる

 

加圧トレーニングというものがある。

低い負荷と短い時間で効率的に筋肉を破壊し、多くの成長ホルモンを出すのでラクに筋肉を大きくしたい人や、ラクにダイエットしたい人にウケているメソッドだが、あれに似ている部分があるかもしれない。

裸足というライフスタイル

恥ずかしい、人目が気になるということはけっこう長く感じていた。

裸足でフルマラソン走ってみたり、渋谷や横浜の街を裸足で歩くようになった今でもゼロではない。

ほんの数ミクロンくらいは恥じらいの気持ちを持っている。

 

でももうそんなことどうでもいい。

 

これはぼくのライフスタイルなんだ。

 

心地よさの追求なんだ。

 

大切なのは心地よさを感じて笑顔になって、気持ちを開いていくことなんだ。

 

気持ちが開いている人に対して嫌悪感って感じづらい。

最終的にはそこにいけばいい。

「裸足で歩いてて変な人だけどいい人だよね」

「挨拶されると安らぐよね」と、そう思われる人になればいいのだ。

頑張ることをやめる

けっこう長いことぼくは笑顔の少ない「ただの裸足の変な人」だったろう。

裸足で走っていると心の中には快はあるけど、表には出てなかったように思う。

でも頑張ることをやめ、努力することをやめ、たくさん食べることをやめることで変わってきたなぁって最近は思う。

人と愛で繋がろう

ふと鏡を見ると晴れやかな顔をしていることが増えた。

裸足に出会えてよかった。

 

9ヶ月前までは他に裸足で走る人がいることも知らず、黙々と1人で走ってた。

どういうわけか他の裸足ランナーにも会ってみたいと思って、裸足ランニングの講習会に参加した。

 

ステキな人たちだった。

 

それからどんどん裸足の知り合いは増えていった。

 

みんながみんなというわけじゃないと思うけど、裸足ランニングのコミュニティーには愛がある。

人を優しく包み込むような優しさがある。

きっとそれは裸足という感覚が生み出す不思議な力なのかもしれない。

 

 

裸足ランニングに出会ってよかったです。

BORN TO RUNに出会ってよかったです。

裸足に興味が出たのなら

世界のランニングシーンを、ランニングシューズの常識を根本から変えた一冊。

裸足にとどまらず、多くのトピックを取り上げている。自分のカラダのポテンシャルを実感したいすべての人に。

BORN TO RUNの最初の方で出てくるブロンコ、走る民族・タラマウラ族に「白い馬」と尊敬の念を込めて呼ばれた孤高のランナーのどこまでも純粋な生きざま。ぜひ読んでみてもらいたい一冊。

2 件のコメント

    • 感動しちゃったよ。すごい。

      女子が外を裸足で歩くって相当な心理的な障壁があったんじゃないかと思うんだけどどうだった?男の俺でもあんなに抵抗があったんだもの。

      とにかく嬉しかったです。ありがとう。

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