瞑想とタバコ

 

数日前から毎朝一本のタバコを吸うようになった。

 

アメリカインディアンにとってタバコは宇宙を感じ、仲間と繋がるための聖なる植物。

 

ぼくはタバコを瞑想の道具として使う。

 

毎年8月1日にぼくは、温泉地・湯河原町のお祭りでお神輿を担ぐ。

ふだん、日常的にはタバコは吸わないし、酒も飲まない。

しかし1年に一度、この祭りでは酒を飲み、タバコを吸ってきた。

ハレとケの区別。

日常と非日常の違いをはっきりさせることで非日常を輝かせ、日常をも輝かせる。

その準備としてタバコを吸ってみたら、今まで感じたことのない感覚があった。

これは習慣化しようと思った。

 

今朝も朝5時に公園に行き、森の中のベンチに座った。

周りではたくさんのセミが鳴いている。

骨盤の底にある2つの骨の上に上半身をストンとのせる。

タバコを取り出し火をつけた。

 

僕が買うのはアメリカンスピリットという無添加タバコ。

インディアンたちが吸っていた葉っぱとおなじ種類。

すこし違うのは1年間熟成させる行程があり、より深みのある香りがあることだろうか。

このタバコはペリックという製法らしい。

 

静かに箱から一本取りだし、火をつけずに香りをかぐと、タバコ独特の澄んだ香りがする。

 

ライターを取り出し火をつける。

燃焼材は入っていないので、ジリジリとゆっくり火がつく。

たった一本のタバコと真剣に向き合うことで、そこにアメリカインディアンがあじわっていたであろう儀式的な厳かさを感じた。

 

そこには少食に似た感覚がある。

食事も必要以上に食べれば毒になる。

しかし一膳の食事と向かいあい、ありがたくいただけば、栄養以上の何かが得られる。

タバコも同じだ。必要以上に吸えば毒になる。

だが一本のタバコに向かいあい、ありがたくいただけば、五感をふんだんに感じることができ、心が整う。

 

ひと口吸ってあじわい、息を吐く。

そして目をつぶり、カラダの感覚に耳をすます。

タバコの効果で聴覚と触覚が鋭くなる。

 

まわりで鳴いているセミの声を皮膚で感じる。

皮膚が音を聴く。

蚊が足元と腕に寄ってくる。

1ヶ所、2ヶ所と刺されていく。

彼らが体の上で血を吸っている感覚が分かる。

血を吸い終わって去っていくと、刺された場所がドクドク脈打つ。

 

痛みもそうなのだが、瞑想をしながら体に感じる感覚を丁寧に観察していくと、痒みもただの感覚でしかなく、苦痛は感じない。

丁寧に観察することで痛みも痒みも苦痛ではなくなるのだ。

 

セミの声が大きくてそれまでは聴こえなかった車の音が遠くで聴こえた。

飛行機の音が聴こえた。

遠くにあるものの音が聴こえるようになると、自分が大きな空間の真ん中にいることが分かってくる。

 

僕はこの大地の中心にたたずんでいる。

 

裸足で地面を感じる。

地面、ベンチに接触しているだけでなく、空気・空間と接触していることを強く感じる。

 

10分ほどしてタバコの火はフィルター近くまで燃えた。

燃焼材を加えていないこのタバコは通常のタバコの2倍ほどの時間をかけて燃える。

 

ゆっくり・ゆっくりと燃えていく。

これが僕のタバコの吸い方だ。

 

タバコを使った瞑想法。

 

静かに静寂に落ちていく10分間。

つぶっていた目を開けてみると目の前には森がある。

 

緑が迫ってくる。

 

フワァ、俺、生きてる。

 

結局8ヶ所蚊に刺されたが、彼らとの素晴らしい共生の時間だった。

 

痒みを感じなければ、蚊との共生はたやすい。

彼らは子供達への餌を得ることができ、僕は森での静かな時間を堪能できた。

 

森に感謝しながら家に向かって歩きはじめる。

五感が研ぎ澄まされているので、いつも以上に足の裏が心地よい。

 

毎朝公園で運動しているおじいさんにあいさつして少し談笑した。

心がパッカリ開いているから通じ合うような感覚があった。

 

タバコを取り巻く環境は平成になってから大きく変わった。

喫煙者は喫煙所という煙地獄に押し込められ、道端で吸うことはためわれる時代になった。

 

そのこと自体は悪いことではないと思う。

おかげで道端に落ちているタバコの数は激減したし、やみくもにタバコを吸う人は減った

 

喫煙所という煙地獄でタバコを吸うことが体にとって心地いい体験になるとはやっぱり考えづらい。

 

しかしタバコにはお酒と同じく、人と人との間の壁を除いてくれる何かがあるように思う。

 

キャンプをしながら友達と一緒に吸うタバコ。

登山をしながら休憩で吸ったタバコ。

タバコを人と一緒に吸う時間の共有感は、酒を飲んだ時、一緒にコーヒーを飲んだ時のような素晴らしさがある。

 

環境を選び、最高の状態で一本のタバコと向かい合ってみよう。

環境を選び、最高の状態で一膳の食事と向かい合ってみよう。

環境を選び、最高の状態で一杯のお酒と向かい合ってみよう。

環境を選び、最高の状態で一杯のコーヒーと向かい合ってみよう。

 

どれもすべて中毒性のあるものだが、中毒せずにいられれば、それらが与えてくれるものを享受することができるだろう。

栄養・心の平安・時間。

 

タバコってどんなイメージがありますか?

もしタバコは「悪いもの」だと“一概に”思っているとしたら、少し立ちどまって自分の心に耳をすましてみてほしい。

 

外から入ってくる情報を鵜呑みにしてないだろうか。