結婚し、親になり、恋愛市場から抜けることで得られるもの

 

我が家では、親子3人が川の字になって眠る。

僕ら夫婦が両サイドで、真ん中に2歳の小さな娘が寝る。

大抵は娘は奥さんに抱きついて眠っているのだけど、今晩は僕に貼り付いてきた。

貼り付いてきて「抱っこして」と寝言を言っているので腕を回してあげたが、どういうわけか嫌がる。

抱かれ心地が奥さんとは違うらしい。

柔らかい女性の感触とゴツゴツした男性の感触ではだいぶ違う。

きっと「せっかくパパがいるのだからパパに甘えたい」と思っているのだろうけど、感触の違いに不快感を感じているのではないかと思った。

(僕は今、横浜と千葉の田舎の2拠点生活をしていて、週に2日か3日しか自宅にいない)

 

貼り付いてきては泣いて奥さんの元へ向かう。

そんなことを3回ほど繰り返したところで目が覚めてしまった。

時間は夜中の1時。

布団に入ってから4時間は経っていたので「まぁ起きちゃってもいいか」と思い、そのまま起きた。

カフェオレを飲もうと思ったけど、牛乳が切れていたので、コンビニまで散歩に出かけることにした。

最近は一本歯下駄で散歩することにハマっている。

一本歯下駄 黒別珍 M~L (L)

一本歯下駄 黒別珍 M~L (L)

 

バランスが悪いので、歩くこと自体が面白く、立ち止まることさえ面白くなる。

ただ歩くということをこんなに楽しくしてくれるアイテムを僕は他に知らない。

 

散歩の距離を伸ばしたかったので、あえて遠いコンビニに向かった。

コンビニに着いたら、もっと歩きたくなり、いっそぐるっと4kmほど回ってこようと思った。

ぐるっと回れば家に近いコンビニに到達するから、そこで牛乳を買えばいい。

 

歩くということは瞑想に近い。

思考を整理し、ゴミとなった思考は破棄される。

距離を伸ばせば脳内の大掃除ができる。

 

途中いろんな考えが頭をよぎった。

真っ暗で静かな道を歩く。

深夜の散歩は昼間の散歩よりもはるかに思考の整理が進む。

 

3kmほど歩いたら汗ばんできて、気がつけば頭の中はスッキリしていた。

脳内の大掃除完了。

頭の中がスッキリすると、五感が鋭くなる。

頭から体にメインプレイヤーが切り替わる。

 

もうすぐ家の近くにあるコンビニに着く、という場所でふと思った。

「ずいぶん図太くなったな、俺」

落ち着き払っていて気持ちは平穏で、ちょっとしたことでは動じなくなった自分に気がついた。

そしてかつての自分を思い出した。

いつも人の顔色ばかり見ていて、将来が不安で、ちょっとしたことで大騒ぎしていた自分を。

 

「なんでこんなに変わったのだろう?」と思った。

裸足で暮らすようになったから?

確かにそれもあるだろう。

でもそれだけではない気がした。

そしてピンときた。

親になったからだ!

 

よく「女性は母親になると子供を守るために図太くなる」と言われる。

はっきりとした確証はないけど、確かにそんな気がする。

でもそういう変化は男性だけではない気がする。

女性のケースほど耳にしないけど、こうも言われる。

「男は子供を持つとおっさんになる」

僕は親になり、おっさんになったのだ。

 

おっさんと一つの単語になってるけど、おっさんにも色々いる。

独身のおっさんもいれば、既婚者のおっさんもいる。

おっさんというのは状態のことを指す。

ババァという単語が状態を表すように。

 

結婚し、親になり、おっさんになったことで、僕はだいぶ変わったと思う。

恋愛市場から抜けたことで、それまでは女の子を見ずにはいられなかった僕の目は、家族との将来に焦点を合わせるようになった。

ネットや街に溢れる性を刺激するマーケティング素材には全く興味がなくなり、制欲に振り回されるようなこともなくなった。

そして何と言っても変わったのは、僕の人生は娘のためにあると思うようになったことだ。

極端な話、人間としてのひと仕事を終えたような感覚さえあり、「まぁ、もういつ死んでもいいかな」という気がするときもある。

生きているかぎり、娘が一人でも生きていけるための手助けはするつもりだけど、なんだかんだ言っても人は親などいなくてもちゃんと育つ。

個々の素材が持つ方向性に向かって、生存本能を駆使しながら生きていける。

僕はそう思っている。

 

娘と一緒にいて幸せそうな奥さんを見ると「結婚を決断してよかったな」って思う。

笑顔で楽しそうに暮らしている娘を見て「子供を持つ決断をしてよかったな」って思う。

今僕がしたいのは、このふたりの笑顔をもっと見ること。

そして何より「人生はこんなに楽しいんだよ」っていうことを僕の背中で娘に見せることだ。

「親が輝くこと」これ以上の教育はないと僕は思っている。

だから僕は娘のために輝きたいと思っている。

生きることの幸せをもっと感じたいと思っている。

 

今回の記事のタイトルは「結婚し、親になり、恋愛市場から抜けることで得られること」とした。

さて、何を得たのだろう?

まぁ間違いなくこれだよね。

心境の変化。

 

そしてその心境の変化を生む原因となったのは、

フォーカスすべき対象が1つに絞られたこと。

娘のために生きる。

娘のために輝く。

 

結婚するまでは恋愛対象探しや人生の目的探し、夢探し、生きがい探しに必死だった。

でもどこまでそれを追い求めればいいのか分からなかったし、求めるレベルにも際限がなかった。

でも今は違う。

娘と奥さんが幸せに生きるために”必要なだけ”頑張ればいい。

それ以上に求めてもかつてのような無限地獄にハマるだけだ。

もっともっともっともっと…

どこまで追いかけてもゴールの見えない世界に。

 

人間にとっても最も苦しい罰は、地面に穴を掘り、その穴を埋めるということを無限に繰り返させることだと聞いたことがある。

何回やったらいいのか決められず、明らかに何の意味もないことをすること。

たとえ100万回という途方もない回数だとしても、終わることが可能な数が提示されれば、果てしなく先に見えるゴールであっても頑張ることができる。

 

僕は結婚し、恋愛市場から抜け、親になったことで、目指すべきゴールを手に入れた。

自分が満足できるハッキリとしたレベルを手に入れた。

「男にとって結婚は墓場だ」

そういうことも言われるけど、

僕はハッキリ断言できる。

 

「考え方次第では墓場にはならない。むしろ目指すべき場所にスポットライトが当たり、よく見えるようになる」と。