もしあの時polcaがあったらあの人は死ななかったのではないだろうか

 

朝コーヒーを淹れていたらふと、5年前に自殺した人を思い出した

理由は最初分からなかったけど、少し経ったらわかった

僕が先日からpolcaで支援をお願いしているからだと思う

【polca支援のお願い】安西先生、裸足で旅がしたいです…

 

あの人は55才だった

家族がいたが、仕事に夢中すぎて奥さんに見捨てられ、家族と分かれていた

会うこともままならなかったらしい

 

住むところがなかったが、ある場所に家具作りのすごいおじいさんがいて、そこに弟子のような感じで住み込み、NPOの運営にも携わってた

もともとエンジニアなので、アプリ開発にも興味を持ち、参加したアプリ開発講座で僕と出会った

その人とはその後半年岐阜県のど田舎にこもって一緒にアプリ開発することになる

 

ものすごくネットで買物する人だった

技術的に興味のあるものを次々と購入し、彼の部屋はガジェットで埋め尽くされた

「ずいぶんお金に余裕のある人なんだな」と思った

退職金がたくさんあるのだと言っていた

 

しかし半年が終わりに近づいた頃、退職金が底をつきそうになっていると打ち明けられた

それまでは僕らアプリ開発の仲間にご飯を作ってごちそうしてくれたりして羽振りが良かったのだけど、それからはそんなこともなくなった

そんな状況で僕らのアプリ開発期間は終わり、メンバーはそれぞれの場所に戻り、僕は横浜に帰った

 

数ヶ月後、彼の友人を通して彼の自殺の報を受けた

葬儀は家族だけで行うとのことだった

 

僕が今朝、彼を突然思い出したのはきっと

「もしあの時polcaがあって、知り合いに助けを求めたら彼は死ななかったんじゃないか?」

と思ったからだと思う

 

彼からお金が底をつきかけていると聞いた時、僕もお金には余裕がなかった

なんとかしてあげたいと思ったが一人ではどうしようもない

お金を使いまくる習慣が残っているから渡したところで一瞬で消えてしまい、問題解決には繋がらなかっただろうと思う

 

でも実際に先日僕がpolcaを始め、今25000円ほどいただいているのだけど、

20人ほどの人から支援を受けるたびにそのお金の重さを感じていた

「裸足で旅をさせてください!」

そういっていただいたお金

バカみたいな使い方はできない

いただいた人たちが支援してよかったと思えるような使い方をしなきゃ!って思った

 

自分で稼いだお金は自分の好きにしていい

そんな風に思える

でも人の善意でいただいたお金はそんなふうに思えない

浪費習慣のあったあの人も、polcaのような形でお金を頂いたら、最初は浪費習慣が続いてしまうかもしれないけど、徐々に改善したのではないだろうか?と思うのだ

お金が尽きてしまって、稼ぐこともままならず、死を選びそうになったなら支援をお願いしてみたらどうかと思う

 

クラウドファンディングはそれまでの自分の信用の積み重ねがお金として現れるものだから、ぜんぜん集まらない可能性もあるけれど、死を覚悟していることが伝われればさすがに全く人が動かないことはないと思う

人って思っているより温かい

 

そして何よりいただいた瞬間、もうしわけない・ありがたいという気持ちが生まれ、勇気のようなエネルギーが湧いてくるのが大きい

「かたじけない。今の状況から抜け出すために努力します」

そう思えることでそれまではできないと思っていたことに挑戦できるように思うのだ

 

窮状を脱するにはエネルギーがいる

支援という形でいただいた人からの善意はエネルギーを高めてくれる

これは実際にやってみて感じたことだ

やってみるまではこんな現象が自分の中で起こるなんて想像できなかった

 

あの人の魂は今どうしているのだろう?

安らかであるだろうか

 

死んで楽になったことは悪いことではないと思う

でもできれば窮状から脱してまた笑顔で再会したかった

人が死を選ばないために勇気を与えるツールとして、もっとクラウドファンディングが機能する世の中になってくれたらと思います

Fさん、安らかにおやすみください

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です