忠告を暴力にしないために意識すべきこと

 

忠告するって難しい。

 

自分の言うことが的を得ているとも限らないし、

言ったところで相手に届くとも限らないし、

勇気を出して言ったのに人間関係を破壊してしまうことにもなりかねない。

 

 

先日ちょっとした出来事があって、数日ほどモヤモヤしていた。

なかなか晴れなかったのだけど、あることをきっかけにナゾが解け、霧が晴れた。

 

忠告は時に必要だ。

人に不快感を与える言動を放置したら気持ちよく生活することはできない。

でもやり方を間違えると暴力になってしまう。

 

今日は、この数日を通して僕が学んだことをお伝えしたい。

 

僕がぶつかったある出来事

 

数日前、ある人がこんなツイートをしていた

 

ある人

けっこう大変な仕事をしたんだけど、報酬が少なくてちょっと残念に感じた。やる人の確保に困っているのも分かるな

 

場合によっては波風が立ちかねないデリケートな問題

 

「言いづらいことをよく言ったな」

と思ってこんなリプライを返した。

 

イカ太郎

たしかに報酬少ないよね。大変すぎるからお金目当てじゃできないよね

 

前に連続でやった人は2回目は使い物にならなかったらしいよ

 

人から受けた忠告

ツイートした直後に別の人から連絡が入った。

 

友人A

このツイートは事実じゃない。僕は連続でやってるけど疲弊してない

 

イカさんはたびたびこういう発言があり問題だと思う。考え直すべきだ

 

不快に感じる人がいることを予想していなかった。

大変だし報酬も少ないけど、やりがいがあるからやってる。

 

その仕事が終わったあとは燃え尽きる。

これが多かれ少なかれ関係者全員が感じていることだと思い込んでいたからだ。

 

すぐに削除した。

不快に思う人がいることを想定したツイートじゃなかったし、

「 どうしても伝えたい!」ということではなかったから。

 

この指摘を受けて確かに自分の過失だと思った。

・人づてで聞いた話を事実のように話してしまったこと

 

・関係者全員が同じ気持ちを抱いているかのように話してしまったこと

思慮が足りなかった。

 

がしかし、、、

どうにも受け入れがたい気持ちを感じていた。

モヤモヤがずっと収まらない。

 

1時間近く瞑想したり、登山したりしてみたが、いつものように簡単には答えが出なかった。

 

人にした忠告

そんな出来事があってから3日ほどモヤモヤが晴れなかった。

そんなある日、こんなことがあった。

 

僕はフリーランスの仲間と日報共有グループを作っている。

フリーランスは他人の目がないからついついダラケちゃうし、思考の整理をしないと目的意識を失いがち。

そうならないために日報を出し合っているのだけど、このグループにはちょっと厳しいルールがある。

1週間提出しなかったら強制退場

このルールを実施した結果、スタートから半年で半分のメンバーは強制退場になった。

 

数日前、そんなグループに一度強制退場になったメンバーが戻ってきた。

「もう一度真剣にやりたい!」

そんな思いを伝えてくれたので、みんなで快く迎えた。

 

日報グループをはじめたとき、彼は大学生だった。

大学卒業後に就職したが、パワハラのヒドい会社だったため退職した。

 

日報グループに戻った彼は熱心に提出するようになった。

以前は「読む相手のことなどまったく考えてないのではないか?」と思うほど読みづらかった日報だったのに、だいぶ読みやすくなっていた。

その変化を捉えたメンバーがこう言った。

 

メンバー

半端なく成長してる!

ですよね?イカさん!

 

まちがいなく成長しているとは思ったが、同意しきれなかった。

今全員が彼の成長を称賛してしまったら、また以前の状態に戻ってしまいそうだと感じた。

自分が感じることを素直に伝えることにした。

 

とはいえ、下手な発言をしたら相手を傷つけるだけに終わってしまうし、場合によってはグループの空気を悪くしかねない。

リスクを感じながら慎重にメッセージを書いた。

 

イカ太郎

自分を映す「人生のカメラ」が自分だけしか映していないように見える

 

そのカメラはドローンのように移動可能だから、100メートルくらい離れてみたらどうだろうか

 

イカ太郎

俺がホテルでウエイターをしていた時、普通のコックさんって「俺は美味しいと思う。OK。じゃお客さんに出して〜!」って感じだった

 

でもいいコックさんってウエイターがどんな風に運んでいくかも気にするし、お客さんが食べた時の反応も知りたがるのよ

 

 

結果的に「そうですよね?イカさん!」と同意を求めたメンバーにも、戻ってきた彼にも受け入れてもらえた。

「最悪ここには居場所がなくなる・・・」

そう思っていたからとてもホッとした。

 

ホッとしたその瞬間、数日前から僕の中にあったモヤモヤのワケがはっきり見えた。

 

忠告を暴力にしないために気をつけるべきこと

 

数日前に僕に忠告をしてくれた友人も、僕を傷つけようとして言ったわけじゃないと思う。

ただ僕の発言に感じた問題と、自分は不快に思うということを伝えたかっただけなのだ。

 

ただ伝え方がまずかった。

せっかくの忠告を気持ちよく受け入れることができない形で発してしまったことが問題だったのだ。

 

ちゃんと熟考すること

忠告にはリスクが伴う。

・相手を傷つけるリスク

 

・相手との人間関係を壊すリスク

 

「相手を傷つけてもいい」

「相手との関係がどうなってもいい」

そう思っているのなら感じたことをそのまま伝えてもいいかもしれないが、そうじゃないなら熟考する必要がある。

 

・直接伝えるべきなのか、間接的に伝えるべきなのか

 

・受け入れやすいようにちゃんと噛み砕けているか

 

・「傷つけたいわけじゃない」というこちらの気持ちが伝わるか

 

熟考して伝えた気持ちが伝わらなかったなら仕方ないが、熟考しないでうまく伝わらなかった場合後悔することになる。

 

相手の言動の背景を確認すること

人間はミスをするものだ。

完璧な人間などいない。

だからたいていのミスは何らかのエラーなのだと僕は思っている。

 

例えばお店や工場などの現場で何らかのエラーが起こった時、管理する立場の人間はびっくりする。

現場に行って原因を特定しようとするだろう。

この時の発言ほど難易度の高いものはないと思う。

 

「誰がやったんだ!」

 

「何があったんだ!」

この手の対応を昔のおっさんはやりがちなのだけど、お話にならない。

原因を隠したくなるうえに、反省する気持ちをぶち壊しにしてしまう。

 

大切なのは一緒に問題を解決しようという気持ち

再発防止のために協力して欲しいという気持ちだ。

 

「いつもは起きないことだけど、今回は何かあったの?」

自分の知らない事情があったのではないか?という姿勢で話す。

これが大切だと思う。

 

公の場で批判しないこと

今回僕が忠告されたケースでは公の場で指摘されたことが問題だった。

人前に失言を晒されたことでプライドが傷つき、素直になれなかったのだと思う。

つまらないプライドを僕はまだ持っているみたいだ。

 

とはいえ、人間は大なり小なりプライドというものを持っている。

だから忠告が他の人の耳に入らないようにする必要がある。

他の人のいない場所で直接伝える。

ネットで伝えるなら、ダイレクトメッセージを使う。

 

今回僕が日報グループで送ったメッセージは公の場で伝えざるを得なかった。

他の人の質問に答える必要があったから。

だからこそ慎重に考えた。

 

公の場でせざるを得ない忠告の難易度はめちゃくちゃ高い。

 

「言葉足らず」に注意すること

情報量も大切だと思う。

言葉が足りなければ、「自分はあなたを傷つけるつもりはない」という気持ちが伝わらないし、

クドクド長ーいメッセージを伝えると、相手はうんざりするし、当然気持ちも伝わらない。

 

多すぎず、少なすぎず、目的を達成できる最小限のメッセージにする必要がある。

 

老害にならないために意識すべきこと

 

日報グループのメンバーへのメッセージを書いていた時、

「俺、本当にこんなこと言う資格あるのかな?」と思っていた。

自分が人間としてまだまだ未熟であることを日々痛感しているからだ。

 

今僕は42才で、まもなく43才になる。

ずいぶん歳をとったのに、心の中は案外子供のままだ。

だから失敗も多い。

それなのに歳を重ねれば重ねるほど、忠告を受けることが少なくなっている。

 

怒られなくなることは快適かもしれないが、実はけっこうヤバい。

自分が失言しようが注意されないので、周りで不快に感じている人がいても気がつかない。

そうなると自分がすべて正しいように思えてきて独善的になる。

老害のできあがりだ。

 

そうならないために意識すべきことは

「自分は自分の世界しか見えない」ということ。

 

 

自分から見えない部分は他の人から聞くしかない。

 

「あなたからはどんな世界が見えているの?」

そう問いかける気持ちを忘れないことだ。

 

終わりに

 

僕がサラリーマンだった時、大嫌いな上司がいた。

声の大きいお客さんを優先し、声なき声に耳を傾けない。

部下の功績を自分の功績として奪い取ってしまう。

 

そんな人だから全然リーダーシップは取れず、まとまっていたチームはバラバラになった。

そんな上司に対して苛立ちの募った僕はある日、

「リーダーシップがないくせにリーダーシップを取ろうとするな!」とキレてしまったことがある。

 

今思えば思いやりがなかったと思う。

 

 

どうして思いやりが持てなかったのだろう?

それは相手の立っている世界が見えなかったからだ。

 

僕はあの時26才だった。

対して彼は当時40才くらいだったと思う。

3人の息子郊外に建てた自宅厳しいと噂の奥さん、、、

 

結婚し、娘を持ち、引っ越して余裕を失った経験のある僕には当時の彼の気持ちが今はよく分かる。

 

彼は必死だったのだ。

 

あれから15年以上経って、僕はあの時見えなかった景色が見えるようになった。

さらに15年経てば、今見えない景色がきっと見えるようになるだろう。

 

自分には見えない世界があり、他の人には見える世界がある

それを忘れず、広い視野と聞く耳を持ってこれからも生きていきたい。