やってよかった!手術から13年。僕のレーシック体験記

 

13年前、レーシック手術を受けました。

当時29歳。

場所は銀座。

今でもある品川近視クリニックです。

当時は今みたいな世界一の施術数を誇るクリニックではなくて、銀座のビルにひっそりたたずむクリニックでした。

 

小学生の時はクラスに2人しかメガネの子がいなかったからメガネザルとからかわれました。

中学生でコンタクトに切り替えてからはいつも目がゴロゴロするし、目は充血するし、不快で仕方がありませんでした。

大学生になって色気づき、お泊りしたくても、コンタクトのセットがなければできませんでした。

 

そんなわずらわしかったことも過去の話。

レーシックを受けた今ではいつでも裸眼でいられます。

 

今はもう見なくなったけど、レーシックを受けてから数年は何度も悪夢を見ました。

突然目が見えなくなる夢。

恐ろしさのあまり夜中に飛び起きました。

13年経った今はそんな悪夢も見なくなりました。

 

レーシック手術から13年経って思うのはやってよかったということです

 

今日はそんな僕のレーシック体験についてお話ししようと思います。

レーシックとの出会い

はじめてレーシックを知ったのは中学生の時でした。

今から30年前。

テレビの番組で紹介されていたのです。

当時のソ連で新しい近視改善手術が生まれているというものでした。

 

それからしばらくしてファミレスの入り口などでレーシックのチラシを見かけるようになりました。

当時は50万円を超える価格

学生だった僕には考えられない値段でした。

でもずっとメガネやコンタクトにわずらわしい思いをしていたから「いつかレーシックする!安くなったらやる!」と思ってました。

これが僕とレーシックとの出会いでした。

20万円を切るようになったので決断

ファミレスのチラシで50万円という価格を知ったので、自分の中でラインを設けました。

20万円切ったらやろう!」と。

 

その頃コンタクトレンズを使っていたけど、コストがバカになりませんでした。

今みたいにレンズも安くなかったし、メンテナンスの洗浄液も高く、年に数万円かかったのです。

 

レーシック手術にはお金はかかりますが、

  • コンタクトの煩わしさから解放される精神的な自由
  • 日々のランニングコスト

を考えたら、一度だけ払うレーシックの手術代は安く思えたのです。

20万円なら出しても惜しくない。

 

レーシックの存在を知ってから15年経ってついに30万円を切るようになります。

そして僕は決行することにしたのです。

2004年、29歳でした。

2カ所のクリニックへ行き、品川近視クリニックにした

最初に目をつけたのは広尾にあった神戸クリニックというところでした。

当時芸人として有名だったデビッド伊東さんがレーシック手術を受けた場所。

他にも多くの芸能人が手術を受けていたので安心感があると思ったのです。

※今でも神戸神奈川アイクリニックという名前でやっています

 

でも実際にカウンセリングを受けてみて、なんだかピンときませんでした。

「よかったねー、手術受けられるよー。眼の状態によっては受けられない人もいるんだからラッキーだよ」とか、

「老眼になったらレーシックのメリットは減っちゃうから早ければ早いほどいいよー」とか言われました。

なんだか押しが強すぎる。

裏があるような気がしてしょうがない…

医者がこんなに時間をかけてカウンセリングして一人の客をこなすなんてコスト的にもおかしいと思ったので、別のクリニックを探すことにしました。

そして次に選んだのが品川近視クリニックでした。

施術数の多さが決め手だった

レーシックは目の手術だけど、外科手術であることは間違いありません。

良い外科医の条件として大切なのはどれだけ多くの手術数をこなしているかだと言われます。

まだレーシックがメジャーではなかったにもかかわらず、すでに多くの手術をこなしていた品川近視クリニックは良い外科医の条件に合っていたのです。

ドライブスルーのような検査

品川近視クリニックに行くと、神戸クリニックとのあまりの違いに驚きました。

入り口に入ったらお客さんがびっしりいるのです。

検査はいくつかの工程に別れていて、それぞれのパートを数人の検査員が担当していました。

学校の身体検査みたいに、たくさんのお客さんが並んでいて、順番に検査を受けていく。

その様子はドライブスルーのようでした。

これなら低コストでレーシックを提供できるのも納得でした。

検査当日に結果が出る

検査当日に検査結果が出ました。

手術可能。

1週間後に手術できることとなりました。

MEMO
※今では当日に手術を受けることができます

たったの15分であっという間に終わった手術

手術当日、クリニックに行くと手術室に案内されました。

手術師はたくさんあって、6つくらいあった気がします。

 

手術はたったの15分で終わりました。

まずは眼球に点眼麻酔をして、手術しやすいように器具を使って瞼をガッチリ固定します。

「いててて!!そんなにひっぱったら、目尻が切れちゃうよ!」

なんて思ってたら、先生が恐ろしいことを言ってきました。

「じゃ、これから目の前が真っ暗になりますからねー」

目の表面をカットすると目の前が真っ暗になるのです。

 

実際カットされて真っ暗になったときはびっくりしましたが、同時にこう思いました。

「おもしろー!」

意外にも遊園地のアトラクション気分でした。

 

そして手術は次の工程に入ります。

レーザーを当てて眼球にくぼみを作ります。

 

近視というのは、レンズの調整がうまくいかなくて合うべき場所にちゃんと焦点が合わない状態。

だから、レーザーで削って焦点が合うように調整するのです

 

これが終われば目の表面を閉じて終了。

あっけないものでした。

MEMO
今月品川近視クリニックで手術を受けた友人によると、眼を開いて固定するとき痛くなかったとのこと。人によって個人差がありそうです。
(2019年1月追記)

手術後2週間は数時間おきに目薬をさす

それから2週間はちょっと面倒でした。

眼球を傷つけないように特製のゴーグルをつけ、数時間おきに目薬をさすのです。

 

面倒だったけど、「これが終われば長年続いた近眼の日々も終了だ!」と思ったら、ちゃんとマメにやれました。

のちのち目に障害が残ってもイヤですしね。

 

手術後しばらくは夜の光がまぶしくなる

手術後にとある変化がありました。

夜の街灯がまぶしいのです。

これはレーシックの手術の後にはみんなが経験すること。

しばらくしたら正常に戻ります。

手術の結果視力は2.0に

手術の結果、裸眼で2.0見えるようになりました。

嬉しかったですね。

ちゃんと見えることが。

2週間の安静期間は案外あっという間でした。

大量の視覚情報が流れ込んで脳がパニックになる

2週間の安静期間も終わり、ゴーグルを外したとき、視界が大きく開けました。

ついに僕はコンタクトやメガネに束縛されない自由を手に入れたのです!

 

しかし、その後おどろくようなことが起こりました。

頭が疲れて疲れてしかたがない。

 

視力が急に2.0になったものだから、目から入ってくる大量の情報に脳がついていけなかったのだと思います。

人の顔の小さなシワやガラスについた小さな傷といった今まで見えていなかった細かい部分がすべて見えるのです。

その結果起こったのが脳のパニックだったのでしょう。

MEMO
このパニックも先日受けた友人はなりませんでした。やはり個人差があるようです。
(2019年1月追記)



レーシックしてよかった

これが僕のレーシックにまつわるストーリーです。

13年経って今どうなっているかが気になりますか?

さすがに手術直後の2.0はキープしていませんが、13年経った今でも1.5の視力を保っています。

 

かつてコンタクトやメガネで煩わしい思いをしていたのも嘘のよう。

今では自分が目が悪かったことを忘れています。

 

「お金が許すのであればレーシックを受けたほうがいい」とコンタクトを使っている人には伝えています。

たった1度の手術で手に入るこの精神的な自由は想像以上に大きいと感じているからです。

 

レーシックの検査とカウンセリングは無料です。

ぜひ一度お医者さんの話を聞いてみてください。

先生の話を聞いてみてやりたくなったらやればいいし、やめたかったらやめればいいのです。

人生変わるかもしれませんよ?

視力回復レーシック