英語を活かすために知っておきたいこと – ヒランタガーン島での学び




 

おはようございます、イカ太郎です!

バンタヤン島に来て4日目。

今日はバンタヤン島よりさらに小さな島・ ヒランタガーン島に行ってきました。

ロケーションはこんなところ。

フィリピン


ヒランタガーン島は、南にあるビーチから最北端まで2.7kmしかない小島です。

 

たった数時間の滞在でしたが、島民の人たちと濃ゆい交流ができました。

ほとんど外国人が来ることのない島だから、上陸した時は警戒されてたんだけど、話しかければ話しかけるほど仲良くなっていく。

島では誰か知っている人が話しているのを見れば安心するんですね。

 

最初は島に渡るボートで一緒だった女の子と仲良くなり、

 

島のタウンホール前にいたおばちゃんと仲良くなり、

 

島の最北端にある村の男性と仲良くなり、

 

その男性のお父さんと仲良くなり、

 

たまたまそのおじいちゃんが島の村長だと判明して、最後はこんな状態になった。

 

日本の田舎でもそうだけど、地方では人との繋がりがモノを言う。

誰か信頼できる人間が紹介した人間は信頼に足る。

そういうメカニズムがこの島でも働いてました。

 

そんなわけで僕はまったくのアウェーで最高の時間を過ごしてきました。

今日はそんな1日をレポートしたいと思います。

 

じゃ、始めるよ!

Let’s get started!!!

 

ヒランタガーン島に行こうと思ったわけ

バンタヤン島に着いてからこんな日々を過ごしてました。

◇  初日

夜に島に到着したのでそのまま宿に宿泊。

◇  2日目

島のドライバーにガイドを依頼し、バイクの後ろに乗って島巡り。

◇  3日目

もう少し深く知りたかったから、レンタサイクルを借りて島巡り。

 

この時点で島のことはざっくり分かったので、「次の日はどうしようかなぁ〜」という感じになった。

 

すぐに頭に浮かんだのはアイランドホッピング。

フィリピン観光の定番

 

こちらのブログの記事が僕のアイランドホッピングのイメージそのもの。

週末といえば、、アイランドホッピングでしょ!!

(写真はサイト内からお借りしました)

 

小さな島をいくつか巡って、キレイなビーチと海を楽しむ。

アイランドホッピングは、地元の船をチャーターして行くことになります。

チャーター代は600ペソ〜800ペソくらいで決まるみたい。

搭乗者が多ければみんなで割り勘できるからおトク。

 

定番だから、やっといた方がいいかって思ったんだけど、、

しかし、、、

全然ピンとこねぇ…

やりたいと思えない。。

 

地元のドライバーたちが一緒に行く人を見つけてくれてたから、一人で船のチャーター代を全額払う必要はなかったけど、それでもなんかピンとこなかった。

綺麗な海とビーチはもう十分に堪能したし、観光客とキャーキャー言いながら1日過ごすのもなんだかピンとこない。

 

そして思った。

 

ピンとこないなら自分のその感覚を信じよう。

 

やりたいと思うことをやるべきだ!

 

そこで思い出したのが、ランディーが初日に言っていたこの一言だった。

(ランディー:4泊お世話になった宿の主人。アメリカ人。メリーランド州出身)

「アリスビーチから25ペソで渡れる島があるぞ」

 

その手があったか!!

地元民の使う渡し船を使って25ペソで行けちゃう小島!

この時は聞き流してたんだけど、今まさにその島に行ってみるべき時が来たと思った。

やりたいこと見っけた!

行くぜ!

 

島の人たちの渡し船、パンプボートを探す

まずはアリスビーチがどこなのか、行ける島がどこなのか知りたい。

(ランディはアリスビーチと言っていたが、Googleマップにはそんな名前のビーチはなかった。地元の通称なのかもしれない)

朝になってさっそくランディのところに聞きに行った。

「ランディー、おはよー。この間言ってた25ペソで行ける島のこと教えてー」

「おー、いいぞー」

 

そして分かったのがこちら。

フェリー乗り場のちょっと北から出る渡し船、通称パンプボート(pump boat)がヒランタガーン島に向けて出ているそうです。

ランディも実際にその船に乗ったことはないらしく、渡し船乗り場の正確な場所は知りませんでした。

 

とりあえず自転車で乗り場近くのビーチまで適当に行ってみました。

フェリー乗り場から自転車で2分ほど北上し、ビーチに向かって伸びる小径に入って現れたのはこんな建物。

このエリアはリゾートエリアのようで、こんな感じの宿泊施設がたくさんありました。

この建物の入り口にいたおばちゃんに聞いてみた。

「ヒランタガーン島に行きたいんです」

するとおばちゃんが、

「分かったわ、電話するから待ってて!」

待っている間、島にたくさんいる人懐っこい犬たちと戯れる。

するとおじさんが現れた。

「ヒランタガーンに行きたいのか?何人だ?」

「ひとりです」

(おじさん顔をしかめる)

「800ペソだ」

おばちゃん、どうやらチャーター用の船の持ち主に連絡したらしい。

「25ペソで乗れるコミューターボート(通勤通学用ボート)があるって聞いたんですけど」

(おじさんガッカリした顔をする)

(でもそのあとニッコリしてビーチの左の方を指差した)

「あの船が見えるか?あれがパンプボートだ。25ペソで乗せてくれる」

おぉ!あれか!

「ありがとう!おじさん!」

「グッドラック!」

 

お金にはならなくても無関係な人間と見なさず、自分のできることをちゃんとやってくれる。

フィリピン人は自分たちの国のことを 「Country of Hospitality・おもてなしの国」って表現するけど、本当にその通りだと思う。

お遍路で受けた四国の人たちの親切な対応が、フィリピンに来ても続いている感じがする。

フィリピン人がこんなに親切だとはフィリピンに来なきゃ分からなかったでしょうねー。

 

パンプボート発見!

おじさんに言われた方に向かってビーチを歩きました。

リゾート施設がたくさんあって、パラソルやデッキチェアーが並んでるけど誰もいません。

今は観光シーズンじゃないらしい。

(島の人によると、観光客が多く訪れるのは4月から8月だそうです)

 

おじさんが指差していた船の場所に来ました。

フィリピンでは定番の形の船、パンプボート。

すると物資を入れたケースを持った船乗りのおじさんが来た。

「これはコミューター(通勤通学)ボートですか?」

「あぁ、そうだよ」

「乗ってもいいですか?」

「いいよ。乗って待ってな」

 

というわけでめでたく船に乗れることになったのでした。

やったー!!

 

ちなみにこの渡し船乗り場の正確な位置はこちら。

ボートに乗った時、Googleマップで印をつけておきました。

行くときの参考にしてね!

 

出航!

最初は僕ひとりでした。

「僕ひとりのためにエンジン回すのはもったいないよね」

そう思っていたら続々と島民の人たちがやってきた。

出航にはスケジュールはなく、人が集まったらいつでも出発するそう。

運行は夕方4時まで。

 

船頭のおじちゃんが棒を使って、船を旋回させて、、

エンジンをかけて、、

いざ出発!!

海水の透明度がハンパなくて、見ているだけでうれしくなってくる。

 

島に到着

パンプボートは10分ほどでヒランタガーン島のビーチに到着しました。

ビーチには島の人達が何人もいて、楽しそうにおしゃべりしてました。

僕を見たら不思議そうな顔をしていて、”Hi”と挨拶しても笑ってくれない。

バンタヤン島で挨拶すると誰もが満面のスマイルで返してくれるけど、この島はちょっと違う。。

 

船で一緒だったクリスティという女の子が船から降りると、左側を指差し、

「あれがタウンホールよ」

と教えてくれました。

こんな小さな島にもそんなものがあるのか。

この建物は、島内での行政手続き診療所を兼ねているそうです。

 

島内のことは全く分からないし、なんの計画も立ててないので、クリスティにお願いしてみました。

「もし時間があるようなら50ペソ払うから、島の案内してくれない?」

たぶん2時間くらい島の案内をして50ペソならこの島の人にとっては悪くない額なはず。

ちょっと恥ずかしそうに人目を気にしたあと、

「いいですよ。でもちょっと診療所に用事があるから待っててくれますか?」

 「オッケー!」

 

闘鶏を見せてもらう

診療所の前には民家がありました。

そこにおばちゃんと可愛い女の子が2人一緒にいました。

おばあちゃんは昔かなり美人だっただろうなっていう顔立ち。

しかも話してみると英語が結構うまい。

「もしかしたら島の外で働いたことがあるのかな?」と思ったけど、外に出たことはないと言う。

「じゃ勉強ができたんだね」と聞いたら、「そうね」と言いました。

ずっとニコニコしながら海風を心地好さそうに浴びてて幸せそう。

 

 

おばあちゃんの家の前に見覚えのある姿をした鶏がいました。

これはもしや、おとといコロシアムで見た闘鶏では。。

放し飼いにしていないのでそんな感じがする。。

コロシアムで見た闘鶏たちの闘争本能の物凄さには目が丸くなった。

思い出すと興奮してくる。

 

おばあちゃんに聞いてみました。

「もしかして、これFighting Cock?」

「そうよ」

そう言うとおばあちゃんは何も言わずに家の中へ入って行きました。

そして、息子さんを連れてきた。

息子さんは英語が喋れないけど、笑顔でもうひとりの男性を連れてきて、闘鶏の足かせを外し、2羽の闘鶏を向かい合わせました。

すると闘鶏は首の羽根を逆立てて戦闘態勢に入る。

ものすごい殺気!!

相手の鶏は何か攻撃したわけでもなく、ただそこにいるだけなのに。

その気性の激しさを目の前にして心臓がドキドキしました。

 

闘鶏、想像以上に男の本能に触ってきます。

是非みなさんにも本物を見ていただきたいです。

マジでスゴイですよ。。

 

闘鶏でどのくらい稼げるのか

息子さんは僕がおととい行ったバンタヤン島のコロシアムに自分の育てた闘鶏をエントリーさせているそう。

興味があったので、出場料と報酬を聞いてみました。

出場料は5000ペソ。

そして報酬は掛け金によって変わるそうですが、15000ペソくらいが相場のようです。

この島の貨幣価値では考えられないくらいの大きな額が動いてる。

そりゃブリーダーも本気になるはずだ。

5000ペソって言ったら、彼らの平均月収に匹敵するほどの額だもんね。

感覚的には30万円払ってエントリーして、勝ったら60万円くらい儲かる感覚かなぁ?と思いました。

 

「息子さんはけっこう勝つの?」っておばあちゃんに聞いたら、「まぁぼちぼちってところね」と言っていました。

息子さんもちょっと誇らしそうに笑ってました。

 

 

歩く距離の常識の違い

クリスティの診療所での用事というのは予防接種でした。

30分近く待ちました。

「待たせてごめんなさい」

「いやいや大丈夫!」

「じゃ、島の反対側まで行こ〜!」

「え?島の反対側まで!?」

クリスティが戸惑いまくってる。

片道2.7キロ。のんびり歩いて40分くらいの距離だ。

 

ちょうどいいと思ったんだけど、バイクでの移動が当たり前のフィリピン社会では非常識な距離だったみたい。

 

クリスティにガイドをお願いするのはあきらめました。

「無理言ってごめんねー!」

 

一人で反対側まで行くことにしました。

まぁ、ガイドなしでも楽しめるでしょ!

 

北端までの道のり

歩き始めると最初だけ坂がありました。

登りきったところから見た船着場のある集落の光景。

あとはずっとこんな感じの道が続きます。

一箇所だけ舗装されてない場所があって、

この路面から火山によってできた島だということが分かりました。

少し行ったらこんな感じで溶岩の固まった岩がゴロゴロしているところもあった。

本当に何もない島。

島の中央に学校がありました。

ちょうど中央にあるから、きっと島に住む子供達はみんなここに来るんでしょうね。

 

北端の村で大歓迎される

到着

途中歩くのが面倒になり、走ったので30分で到着。

最北端の村に着くと、バスケットゴールのある広場があって、その横に村の人たち6・7人が集まっていたので声をかけてみました。

「ビーチに行きたいんですけど」

すると一人の男性がやってきて言いました。

「ビーチはない。崖がある。ついてきな」

ほとんど英語は話せないみたいだけど、beach と cliff という単語は知ってるみたい。

 

高台から坂道をくだる。

そして着いたのは本当に崖しかない海でした。

海には船が浮かんでる。

あの船にどうやって乗るのか気になります。

ビーチと違って波も強いし、海底までの深さもあるし。

「どうやって船に乗るの?」

「泳ぐんだよ!」

「網はどうするの?」

「背負って泳ぐんだよ!」

マジで!?

あんな重そうな網を背負って人間泳げるものなんだ。

スゲー。。

 

この彼の名はBui(ブウィ)、彼との出会いからこの北端の村でテレビ番組さながらの展開が始まるのです。

 

村長との出会い

ブウィと海を見て階段を登り始めたら、おじいさんが立っていました。

「俺の父さんだ!」

 

厳しい顔立ち、年齢を全く感じさせない締まった体。

(これはちゃんとリスペクトを示したほうがいいパターンだ)

そう思いました。

 

いつもなら

“Hi! I’m Ocean! Nice to meet you!”

って軽いノリで行くんだけど、

 

このおじいちゃんには

“I’m honored to meet with you..”

(お会いできて光栄です)

と挨拶しました。

 

そしたら険しかったおじいちゃんの顔がめちゃくちゃ柔和になった。

「日本から来たのか!うちで酒でも飲んでけ!おい!ブウィ!酒を持ってこい!ボトル2本だ!」

なんと大瓶が出てきた。

彼らの収入からしたらかなり高価なものだ。

2本だったら150ペソ。

地元のロールパンが50個は買える。

こんな大事なものを頂くなんて申し訳なさすぎると思ったんだけど、おじいちゃんに「座れ!一緒に飲もう!」と言われたら飲むしかない。

というわけでいただきました。

(常温なので生暖かいビールでしたけど美味しかったです。冷蔵庫はないのかも)

 

乾杯後、おじいさん夫婦と一緒に記念写真を撮ろうということになりました。

壁を見るとおじいさんの大きな写真の入った誕生日を祝う垂れ幕が。

ブウィの奥さんが英語が上手だったので「これすごいね!」と言ってみたら、おじいさんはこの島の村長さんだということが分かりました。

任期は3年で来年まで。

誕生日の時に作ってもらった垂れ幕なんですね。74歳。

フィリピン人の平均寿命は60歳くらいだから相当な長寿。

しかもまだめちゃくちゃ元気でしたからね。

きっと80歳になっても元気な気がする。

 

2013年の台風の話を聞く

ブウィの奥さんに通訳をしてもらいながら村長と話しました。

この村に4人の日本人が来たことがあったそうです。

2013年に来た大型台風ヨランダが去った後、村の家の多くが跡形もなく消えていた。

この村では亡くなった人はいなかったらしいのですが、集まって来た村の女の子曰く、

「たくさんの家が“wash out”されたのw」

(wash out : 洗い流す)

台風は巨大なドラム型洗濯機のイメージなんですね。

きっとあの村は崖の上にあるから、ガレキの多くは海に流されていったんでしょう。

(この写真はヨランダ被害を伝えるサイトからお借りしました)

 

そんなとき、家を失った人たちのために日本人が手伝いに来てくれた。

おじいさんの家に4人とも泊まったそうです。

感謝しているとは村長は言わず、事実だけを列挙していました。

でもきっとその台風の時にボランティアで来てくれた日本人のことがあったから僕を大歓迎してくれたように思えてなりませんでした。

4年前の悲しい出来事の思い出と同時に残った4人の日本人の記憶。

僕は一体どんな存在として村長の記憶に残るんでしょうかね?

「突然一人で歩いてやって来た裸足の日本人」だよね、きっと。

 

もしまた日本人が来たらどんな話になるのかな。

当然僕に対して感謝の念はないから、

「前に変な日本人が来たんだよ!」

ってなるんでしょうねww

 

 

お別れ

午後1時に島に到着して、この北端の村に到着したのが2時過ぎ。

気がつけば3時を過ぎていました。

渡し船の最終時間が4時だから、そろそろ戻らなきゃいけない。

歩いたら30分かかるし。

 

「そろそろ帰りますね」

そう言うと村長が、

「泊まっていけ!」

と言う。

うーん、困った。

泊まってみたい気もするけど、帰ってランディの宿でのんびり眠りたい。

まぁ、こういう時はこれに限る。

「ありがとうございます。そしたら今日は泊まれないですけど、今度家族を連れて来ます。その時泊めてください」

 

そしたら折れてくれた。

「わかった!じゃまた来いよ!」

 

こうして最後におじいさんとおばあさんのラブラブショットを撮りつつ、みんなで二人を冷やかしたのでした。

最初の一枚。緊張してる。

祝福されて顔がほころぶ。

“Kiss! Kiss!”と言われて固まる。

きっとジイちゃんが「じゃキスすっか?」とでも言ったのだと思う。

おばあちゃんがテレる。

超カワイイ。

 

突然始まったダンスパーティ

港まではブウィがバイクで送ってくれることになりました。

ブウィのバイクの置いてある広場まで歩いて行くと、さっきはいなかった人たちがたくさん外に出てた。

僕らの様子を見物していたっぽい。

バイクの後ろに乗ろうとしたらゴツいおっちゃんが寄って来た。

酔っ払ってるw

一緒に飲もう、一緒に飲もうと誘ってくる。

一緒に飲みたかったらしい。

 

岩のような手のひらをしていた。漁師の手。

村長も裸足だったが、このおじちゃんも普段から裸足だというので、足の裏も触らせてもらった。

足の裏は思ったほど硬くなかった。

僕の足の裏とそれほど変わらない。

裸足で何十年と生活していてもそれほど硬くならないものなのかな?

いや、でもこの島の人はとにかく歩かないからな。

移動はバイクだし。

漁で手のひらは使うけど、足の裏はそれほど使わなくなって柔らかくなったのかもしれない。

 

ブウィがバイクのエンジンをかけた。

するとバイクのフロントについていたスピーカーから音楽が大きな音で流れ始めた。

そしたら1人の女性が踊り始めた。

僕とおじちゃんもそれに合わせて踊り始めた。

そしたらもう一人女性が来て踊り始め、周りで見ていた人たちが笑ったり奇声をあげたりし始めた。

突然ダンスパーティが始まった。

 

言葉は通じなくても

ダンスに言葉はいらない。

目と目が合って、お互いが楽しいと思っていることを伝え合うことができればそれで十分。

 

英語を学び始めて、はじめて英語で気持ちが通じ合った気がした時、天を舞うほどの興奮があった。

「英語ってスゲー!!」

 

フィリピンに来てからはたいていのところでは英語は問題なく使えた。

しかし、この島に来て、北端まで来たらほとんど英語が通用しなくなった。

ブウィも英語は分からなかったし、村長さんも滑舌が悪くて聞き取れなかった。

 

でも英語が通じないからこそ必死に伝えようとしたこと、必死に理解しようとしたこと、それが言葉以上にお互いの理解を深めたような気がする。

一生懸命に相手を理解しようとすること、それがコミュニケーションの本質なのだと思った。

 

コミュニケーションの目的には2つあるように思う。

・情報の伝えること

・心を通じ合うこと

 

言葉は情報を伝えるという面においてはバツグンの性能を発揮する。

でもいかに言葉を巧みに操っても、心が通じ合わないこともある。

「言ってることはわかるけど、受け入れられない」

そんな状態。

 

それに対して、この日は言葉は通じないけど受け入れてもらえたし、いろんな人たちと心が通じた気がした。

「言ってることはわからないけど、きっとこいつはいいヤツだ」

お互いにそう思っていたように思う。

 

言語能力相手を理解しようとする姿勢。

この2つが両方揃えばコミュニケーションは高いレベルで成功するんだろうけど、どちらが大切かと言えば、言語能力ではなく、相手を理解しようとする姿勢だ。

相手を理解しようとする姿勢があれば、今回みたいに言葉が通じなくてもコミュニケーションは成功しうるし、少なくとも完全な失敗にはなりづらい。

しかし相手を理解しようとする姿勢がなければ、どんなに言語能力が高くてもコミュニケーションは完全な失敗に終わる可能性があるからだ。

 

言葉はとても便利な道具だけど、使う人の心が伴ってはじめて活きる。

なんかお金みたいですね。

お金もとても便利な道具。でも使う人の心が伴ってはじめて活きる。生き金・死に金。

 

せっかく学んで来た英語、その便利さに溺れず、慢心せず、相手をより理解するための道具として磨き続けていきたいですね。

 

人とのコミュニケーションがうまくいくと面白い。

英語ができればもっと面白くなる!

 

 

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