「みんなでみんなの子供を育てる」という僕が20年間抱き続けてきた夢

 

 

イカ太郎

おはようございます、イカ太郎です

 

昨日の晩からまるもに戻ってきています。

 

https://twitter.com/ika_tarou/status/939960491673128960

 

写ってるのは奥さんと娘のチャイたんです。

先週はまるもに人が集まりまくってたから1人で来るしかなかったけど、今週は滞在者が少なかったから来れました。嬉しい。

 

これをツイートしたらまるもの店長とまるものスタッフさんが反応してくれた。

 

 

1人できても家族で来ても受け入れてくれる、それがまるもの魅力。

 

まるもというコミュニティ

一生懸命仕事もするけど、抜くべき時は徹底的に力を抜く、そんなバランスのとれた人たちがたくさんいる、それがまるもというコミュニティです。

 

現在30人くらいの”まるも住民”がいます。拠点をまるもに移した人たち。

彼らはフリーランスとして個人で稼ぎながらここで暮らしていて、

ブロガーだったり、カメラマンだったり、ライターだったり、デザイナーだったり、ウェブコーダーだったり、占い師だったり、イベントコーディネーターだったりします。

自分に合った多様な生き方がそこにある。

まるもコミュニティにある多様性包容力が僕は大好きです。

 

僕が持ち始めた密かな野望

そんな場所に今年頻繁に来るようになって、僕は密かな野望を持つようになりました。

 

「この場所で子供を育てたい」

 

「それもみんなで」

 

「子供のいる人たちだけじゃなく、子供のいないシングルの人も一緒に」

 

「みんなが子供とともに成長していく」

 

そんな場所になったらいいなと“密かに”思っています。

 

家族は血縁関係だけである必要はないと僕は思います。

家族のような空気のあるコミュニティはむしろ家族よりももっと家族っぽくて、本当の家族より家族の雰囲気がある。

 

横浜のコワーキングスペース・タネマキもそうだったし、お遍路でお邪魔したゲストハウス土佐もそうだったし、今いるまるももそう。

そんな大きな家族のようなコミュニティが日本の各地にあると思うのです。

そういう場所が増えていったら、日本における家族問題の解消に小さな灯りをともすことができるかもしれないよね。

 

子供がコミュニティに与えてくれること

子供から学ぶことは多いです。

 

本当に好きなことしかやらない姿勢にはいつも感心させられるし、

体のことを頭で考える習慣がまだないから、カラダとの対話ができているところにも感心するし、

まだ頭と心がちゃんと分離しているから、大人よりも感情が人間に与える影響がとても分かりやすい。

 

「大人とだけ暮らしていると気がつかないこと」に何度もハッとさせられます。

 

そしてなにより子供の笑顔が人に与える影響

大人のそれよりもはるかに大きいパワーを持っていると思います。彼らの喜びには躊躇が存在しない。

心の底から爆発する喜びの感情。

彼らは太陽みたいに爆発的なエネルギーを僕らに与えてくれる。

 

フィリピンで見たこの子供達の笑顔。

 

子供だけが太陽のような存在である必要はない。大人だっておんなじように太陽になれる。

太陽のような大人になったっていいじゃないか。

子供の心を持ち続けたっていいじゃないか。

僕はそう思います。

大人の心と子供の心は共存できる!

 

子供とともに暮らすメリット

あんまりメリット・デメリットで語るべきことじゃないかもしれないけど、みんなでみんなの子供を育てたらどんなメリットがあるか考えてみました。

 

For 子供のいる家族

・子供に目が届かない短い時間、子供を見ていてくれる人がいる

・みんなで食事を作れば、家事の負担も減る

 

For 子供自身

・いろんな家族の形が見れる。違いを知ることができる

・大人の友達ができる。大人の友達はたくさんの驚きを提供してくれる

 

For 子供のないシングル

・子供を持つとはどういうことなのかを身近に見れる

・子育て体験のイメトレができる

 

でも本当に子供が嫌いな人もいるから、その人たちにとってはどうなんだろうね?

 

子供とともに暮らすデメリット

デメリットについても考えてみます。

 

夫婦と子供だけで暮らしていると子供のいるデメリットはこれに尽きると思います。

「独身の時のように自分の時間をすべて自分のために使えないこと」

一言で言えば、自分の時間が減ること。

 

一人暮らしよりも同棲の方が自由度は低い。

同棲よりも子供のいる暮らしの方が自由度は低い。

しかし、一人暮らしで得られないことが同棲にはあり、同棲では得られないことが子供のいる暮らしにはあります。

 

何かを得れば見えないところで何かを失ってる。

新しい能力を得れば、その能力を持ってなかった時の感覚は失うし、何か物を得れば、脳内にあった余剰スペースと物理的な空間も失う。

 

しかしコミュニティーで子供を育てた場合のデメリットって今のところあまり見つからない。メリットの方が多い気がする。

強いて言うなら、夫婦だけで子供の意識を独占できなくなることかも。

多くの大人を見て、子供は「親も大人の1人なんだ」と思うようになる。よりシビアに親を見るようになるかもしれない。だから親も変わっていかなければいけない。いい加減なウソで子供をごまかすことはできなくなる。

親が成長すること、変わっていくことって悪いことなのかな?そんなことないよね。

 

あともう一つ思いついた。

子供の声が時にノイズになる。

でもこれは空間を分離できていれば、ある程度解消できる気がする。

 

僕がこんなアイデアを持つようになったきっかけ

僕が「みんなで子供を育てたい」と思うようになったのは、ある家族を見たからです。

 

大学生の時に付き合ってた子が東京の下町で暮らしてました。

弟がいて2人兄弟。

いとこもすぐそばに住んでいました。男女2人の兄弟。

 

歩いていける距離にお父さんの弟夫婦の家おばあちゃんの家があって、

学校が終わると子供たちはおばあちゃんの家に集まって、みんなで宿題をしたり遊んだりして育ったそうです。

おばあちゃんはちょっとボケちゃってたから、子供たちみんなでおばあちゃんの面倒をみてました。

夕食を作るのはお母さんたちが1日ごとに交代で担当し、子供たちが手伝う。おかげで子供たちも料理が上手でした。

 

9人の大きな家族がおばあちゃんの家を中心にして暮らしてました。

 

僕はあの家族の10人目の家族として、大学生の後半の2年間を過ごさせてもらいました。

 

大家族の暮らしの中で見たこと・知ったこと・得たこと

実の親には話せないことも、別の親に相談することもできる。

自分の両親以外の夫婦の姿を見ることができたのもよかったし、生き方はたくさんあることも知りました。

自分の両親のモデルというひとつの形に縛られる必要はない。

 

あの家族の中で暮らすことで家族の持つ可能性を知りました。

家族を構成する人間同士がうまくコラボすると、こんなにも暖かい空気の中で人が生きていけるということ。

 

これが僕が「みんなで子供を育てる」というアイデアを持つようになったきっかけです。

 

さいごに

この野望は僕が勝手にコッソリと抱いている野望なので、まるものコミュニティに合わない可能性もあります。当たり前ですよね。

だからその時にはまるもに固執せず、別の道を模索すればいいと思ってます。

 

「みんなでみんなの子供を育てる」という試みはやってみたいけど、できなければそれはそれで仕方がないと思います。

大切なのは試してみること。

そうすればとりあえずの結果が出る。

なにもしなければ何の結果も出ない。

 

失敗してもいい。

やってみたいことをやってみることができた。

 

失敗ばかりの僕が”わりと“幸せに生きてこれたのは、感覚の思うままになんでもやってみたからだと思います。

思ったことを試すことができる人生は失敗ばかりでもけっこう楽しい。

失敗を恐れる必要がないことが分かるともっともっと楽しい。

 

 

もしまるもの人たちに許されるのなら、僕はこんなことをやってみたいのです。

そのうちみんなでそんなことについて話せたらいいなと思います。

今までは密かに心の中で抱いていたことだけど、これで表立ったね。

 

最後はスラムダンクの桜木のワンシーンで締めたいと思います。

とりあえず言っちゃう。

そうすれば動くしかなくなる。

行動力も勇気も必要ない。

球を投げちゃえば行動は勝手にともなう。

 

じゃ今日はここまで!

またね!