【体験レポート】ヴィパッサナー瞑想合宿センターは怪しい宗教組織なのか?

ヴィパッサナー瞑想合宿体験記

ヴィパッサナー瞑想センターは怪しい宗教組織なのか?

これが僕が参加してきたヴィパッサナー瞑想合宿の全貌だ。

参加者の一人がこんなことを言っていた。

「ヴィパッサナー瞑想合宿に行ってくるって言ったら家族に心配された」と。

「変な勧誘とかされるんじゃないの?大丈夫なの?」

そんなことも言われたらしい。

しかし実際参加してみてその辺の心配は無用だと思った。

最後まで無料で終わったし、勧誘されることもなかった。

勧誘されたと言えるかもしれないのは、ボランティアによる瞑想合宿のサポートだ。

瞑想合宿の実施には人手が必要。

参加者への食事の提供や宿舎内の掃除、バス停からセンターまでの送迎といったサポートがなければ開催できない。

仏教の世界では僧侶や寺院に何かを提供することをお布施という。

お布施は金銭でなくても構わない。

ブッダの時代には出家者たちは家々を周り、食事を恵んでもらっていた。

出家者たちは超然とした態度で食べ物をいただき、お布施をする人たちも喜んで渡していたらしい。

托鉢(僧侶が食べ物などをいただく行為)に応えることによって、与える人は功徳を得る。

お布施をすることは心の平安につながるのだ。

少し前に読んだこの本を思い出した。

実際に原始仏教が今でも残っていると言われるミャンマーでは、貧しい人たちが自分の日々に必要なお金以外の財産を寺院に提供する習慣がある。

1998年放送のNHKスペシャルでその映像が紹介されていた。

パゴダと呼ばれる仏塔を建設するために市民が自分の生活費以外のお金の大半を差し出す姿は、貯金を美徳とする日本人として生まれた僕には驚きだった。

ミャンマーのパゴダ

「人の喜ぶことをしろ、それが自分の幸せに繋がる」とビジネスの世界では言われる。

もちろん一般社会でも。

そんな当たり前の考え方が宗教が絡んだ途端に怪しいものになるのはなんだかおかしい気がする。

宗教はあくまで生きる上での考え方を伝授する場でしかない。

そろそろ日本もオウム真理教事件という悲しい過去を乗り越え、宗教が与えうる恩恵を正しく活用すべき時期に来ているのではないかと思う。

僕が合宿に参加しようと思ったわけ

僕がヴィパッサナー瞑想合宿のことを知ったのは1年ほど前だった。

合宿のサイトがとても見づらかったことと、ネット上の評判がいいものばかりではなかったこともあり、その時は参加しようとは思わなかった。

もともとこれらの本でブッダの瞑想は学んでいたこともあり、十分満足していたので、必要ないと思っていた。

しかし、去年コワーキングスペースで知り合った人がこの瞑想合宿に参加したことを知り、その人の穏やかな暮らしぶりをみて行ってみたいと思った。

これが僕が僕が今回瞑想合宿に参加しようと思ったわけである。

ハーブさんのヴィパッサナー体験記
http://honkidasu.net/vipassanar/
(プロのライターさんなのでとても読みやすいです)

合宿参加後の変化

これまで独学で試行錯誤しながら瞑想をやってきたわけだけど、今回本格的なヴィパッサナー瞑想をやってみて、今まで自分のやってきた瞑想は「なんちゃって瞑想」だったなと痛感している。

瞑想センターでやってきた瞑想は深さがまるで違った。

誰とも話さず、デジタル機器に触れることも、文字を読むことも書くこともなく、仕事もせずに、自然に囲まれた場所でひたすら瞑想するからこそ到達できる境地があるのだと知った。

合宿から戻って毎日朝晩、時には昼にも瞑想をやっているが、あの時の深さには到達できていない。

自分の体が石のように感じたあの一体感は、素晴らしい環境で長時間瞑想してこそ到達できる領域なのだと思う。

とはいえ、ヴィパッサナー瞑想のある生活は戻ってからの慌ただしくチャレンジングな日々を支えてくれている。

今までだったら動揺してしまうようなシーンに出くわしても、心のバランスを崩すことなく過ごせている。

合宿中に到達した感覚はないけれど、日常生活の精神的な安定感を大幅に向上してくれた。

もう一度合宿に参加したいか?と聞かれたら間違いなくこう答えるだろう。

「もちろん!!」

せっかく世界中に瞑想センターがあるので、千葉の瞑想センターだけでなく、世界中の瞑想センターを回ってみたいと思う。

合宿終了後に体験したあのユートピアのような人間の集まりを世界中で体験したら、自分の世界はぐっと広がる気がする。

合宿に参加して僕は間違いなく変化した。

まとめ

この長い記事もついに終わりである。

僕が瞑想に興味を持ったきっかけは、自分で作った呼吸アプリだった。

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個人で作ったアプリでヒットしたものはこれしかなかったし、作りたいアプリもなかったから、呼吸の世界をもっと突き詰めてみようと思った。

そうして自然と到達したのが瞑想だった。

瞑想に興味を持ったことで、仏教にも興味を持った。

その頃僕は友人と作ったアプリ制作会社の事業が大失敗してしまって、夢見ていた悠々自適の生活も二人で稼いできたお金も吹き飛んだ。

苦労をかけてきた奥さんに金銭的にも時間的にも報いてあげられると思っていただけにショックだった。

情緒不安定でどうしようもない状態になっていた僕を救ってくれたのは一冊の本だった。

この本ではブッダの教えがとてもシンプルに書かれていた

全ての苦しみは求める心が生み出すもの苦しみの裏には求める心がある求める気持ちを捨てれば苦しみから解放される

この教えを知ってから、何か苦しいことがあると自問するようになった。

「僕はどうして苦しいんだろう?何を求めているんだろう?」

そうして自問すると、どんな苦しみの裏にも求める気持ちがあった。

この本を読んでから僕はどんどん楽に生きられるようになった。

そして今回ヴィパッサナー瞑想を手に入れた。

一般人として普通に暮らしていけば求める気持ちが生まれることもある。

ある程度は仕方ない。

でもヴィパッサナー瞑想があれば、求める気持ちゆえに生まれる苦しみも、深刻になる前に霧散させることができる。

ヴィパッサナー瞑想合宿に参加して本当によかった。

ブッダの教えとヴィパッサナー瞑想。

僕はこの2つを便利な道具をこれから死ぬまで使っていくだろう。

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